囁かれた甘言



「駄々を捏ねても何も解決しないよ、ナオトくん?」

嘲笑う声色で囁かれた言葉が、鋭利で冷ややかなナイフになって僕の心のやわらかい部分を深く突き刺した。鈍い痛みはやがて明確な激痛へと変わり、僕の虚勢とプライドをずたずたに引き裂かんとする。その痛みに抗う術を持たない僕はただ、されるがままに蹂躙される。


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代々名探偵を輩出する名門家である白鐘家に生まれた僕は一族の中でも特に名高い偉大な祖父を目指し、幼少期から輝かしい系図に名を連ねることを当然として生きてきた。家系ゆえの推理力と頭脳を買われ、現役高校生ながらプロの探偵として警察の特殊協力員として派遣されることにもなった。難事件を解決すれば人々は喜び、自分も推理によって楽しさを見い出していた人生はひどく充実していて楽しかった。そんな矢先に囁かれたその言葉はそれだけで僕の探偵としてのプライドも何もかもを一気に瓦解させた。

本当は、分かっていた。心の奥底では理解していたのだ。どんなに素晴らしい推理をして事件を解決に導いたところで周囲の大人は正しく評価してはくれない。大人の社会で大人以上の存在感を発揮すればそれだけで捜査協力をする警察の人々は僕をぞんざいに扱うようになった。まして自分は探偵を名乗っておきながらも憧れる大人の男になどなれやしない女だ。性別は子供であることよりも大きなマイナス要因であり、自分自身の夢や想いを裏切り続けるものでしかなかった。だから性別を偽るためにパンツスタイルを一貫し、プラットフォームブーツで低い身長をカバーして帽子のつばで視線を遮り、胸を押さえ込んで工夫を凝らしてきた。そのお陰で性別は男だと思われている。なのに、性別を隠したところで事件に納得が行かない、まだこの事件は終わっていない。そう主張しても警察の人間は呆れたように笑うだけで僕の意見に見向きもしない。また"探偵王子"のご意見だよ。そんなにご自慢の推理力を振りかざしたいかい?"名探偵"が笑わせるねぇ。そうやって非情に嘲笑するばかりだ。現実社会の大人が子供が仕事に関わるだけでたちまち不機嫌になるのは知っていた。だから足手纏いにならないようにと一生懸命にがむしゃらにやってきた。それなのにその結果が今の状況なのだとしたら僕は一体、どうすればいい?

「分かってるくせに」
「………ッ…!」
「ねぇ、ナオトくん。分かってるでしょう?」
「な……に、が………」
「んもー、白々しい嘘なんて吐かなくていいんだよ?キミは嘘も下手なんだねぇ」
「なっ……!」
「あはは、怒らないでよー。あんまり怒ると綺麗な顔が台無しじゃない」
「っ、」

脳髄を駆け巡る流暢に僕を貶めるのは、いつか囁かれた言葉。

「また事件は終わってない、なんて言ってるんだって?」
「………えぇ」
「そりゃあ久保の自供だけで全て説明がつくわけじゃないけどさぁ、だからって証拠も根拠も何も無いのにそんなこと言われちゃこっちだって困るんだよ?」
「………………」
「だんまり決め込まれてもなァ…」
「……貴方は、」
「んぁ?」
「貴方自身はっ……納得しているんですか…!」
「えぇー………そう来るか……」
「……答えて、ください」
「…………面倒だねぇ…。納得するしないの問題じゃないんだよ、これは。もうこの事件は終わったんだ。これにて一件落着、ジ・エンド。ただそれだけの話じゃないか」
「そんな「そんなもんなんだよ」
「……っ…!」
「だぁーから言ったじゃない、駄々を捏ねても何も解決しないよって」
「………そん、な……」

抗えど現実という壁は無情にも大きく立ちはだかる。駄々を捏ねる子供は精々自分の無力さを思い知ってただ項垂れていろ。

そう、嘲笑うように。


(そうして僕の脳髄はホルマリン漬けになりました)



end.




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