pain rain



生憎の雨模様となってしまった卒業式。どうして当日になると雨が降るのだろうか。三年生の先輩方の日頃の行いが悪かった?いや、そんなことはない。先輩達はいつでも優しかったし、そりゃあ田舎といえど柄の悪いヤンキーやギャルは居なかったわけじゃないけれど、決してお手本にならないような人達じゃなかった。俺の小学校の卒業式も、中学校の卒業式も雨だったのは偶然にしてはおかしい。でもやっぱり別れを惜しむ涙なのか。なんてベタなんだろう。まるでこの記念すべき門出の日に雨が降るのは決定事項のような、図られたものに酷似しているというのに。

「………考えすぎだっての」

ちいさく苦笑を漏らして廊下を歩む歩を早める。

「―――…あ…」

その時、思わず声が漏れてしまったのは、ふと足元から上げた視線の先に佇んでいた彼女の姿を視認したから。廊下の隅に静かに立ち、窓の外を眺めているのは小西先輩だった。声を掛けようか、でも邪魔して迷惑にならないだろうか、すこしの逡巡の後に口を開きかけた瞬間、彼女がこちらの気配に気付いて振り返った。

「花ちゃん、」
「……小西先輩」

透けるように白い肌、ウェーブしたミルクティ色の長めの髪の、たおやかな雰囲気での綺麗な先輩は緩く微笑んで俺のあだ名を呼んだ。『花ちゃん』。文化祭で知り合い、バイトで親しくなって以来、先輩は俺のことをそう呼ぶ。その度に胸が締め付けられるような感情に波がさざめくのはきっと気のせいなんかじゃない。

「どうしたの?今日は一年生休みなんじゃないっけ?」
「あ、あぁ…えっと……ちょっと用事で」
「用事?」
「は、はい…」

首を傾げた先輩から目を逸らすと忍び笑う声が聞こえてきた。あーあ、バレてる。

「花ちゃん、また『助っ人』?」
「………お察しの通りです」
「よくやるねぇ。大変じゃないの?」
「別に…嫌々やってるわけじゃないから」

また、と言われても仕方ない。俺が八高に転校してきてから、学校行事で助っ人をしないことなんて殆ど無かったのだから。文化祭、部活の試合や発表会、そして今日の卒業式での吹奏楽部の合唱メンバー。いずれも大役なんてものではなく、人数が足りないから手伝ってくれという頼みばかりだった。八十稲羽に来る前の、都会の学校に通っていた頃の俺だったら理由を付けて断っていただろうものばかり。それなのに今の俺は、頼まれ事は何でも引き受けていた。

「花ちゃんは優しすぎるんだよ」
「あはは、そんなことありませんって」

揶揄するような声に後ろめたくなる。俺が引き受けているのはそんな綺麗な理由からじゃない。『ジュネスの息子の俺にこれ以上悪いネタが増えたら面倒だから』ただ、そんな単純な理由からなのに。笑う声が引き攣ってしまいそうになるのを堪えて平静を装うのはひどく難しかったけれど、先輩の前で被っている仮面が剥がれてしまうことだけは避けたかった。彼女に軽蔑されてしまえば、俺は、

「はは、ごめんごめん、分かってるよ」
「先輩………」
「ごめんってば。ちょっとからかった」
「………もう、」
「だけどさ、花ちゃん」
「はい?」

不意に俺から視線を外して窓の外を、雨を仰ぐように見上げた先輩は何処か哀愁を孕んだ瞳で呟いた。独白のように。

「人助けは、お節介にもなるんだよ」

ライトブラウンの虹彩が細められて、瞳に浮かんだ色を確かめることは叶わなかった。だから俺は咄嗟に返答することが出来ないまま固まってしまった。

「―――――」
「なんて、ね。あはは、冗談だよ」
「………先輩は、意地悪ですね」
「それは今更じゃない?」
「……はは、そうですね」

嗚呼、どうしよう。卒業式に降る雨は別れを惜しむ涙のはずなのに、俺の心は今まさに雨模様じゃないか。これはそんなものじゃなく、突き刺さる鋭い棘に流す痛みの涙だ。


(降りやんでくれないのは、どうして?)



end.




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