感情欠落の末路



「ふざけないで」

怒りで感情が保てない。自分が吐き出した声のあまりの低さに、それほど冷静ではないのだと実感した。私は今、怒っている。グラスがパリンと音を立てて砕け、フローリングの床に細かく鋭利な破片を撒き散らしたことにさえ意識が向かない。全身の血液が沸騰したみたいに熱くて、苦しかった。震えを抑えられない拳をぎゅうと握り締める。真っ白になって、血の気が引こうが関係無い。

「いい加減に、してよ」
「何がだい?」

涼しい声が私の怒りを露わにした声を華麗に交わすように吐かれる。その綺麗な唇も、端正な顔も、ただ憎くてたまらなかった。

「いい加減にしてって、言ってるでしょ……いつまでとぼける、気っ!?」
「おっと、」

私の蹴りを紙一重で交わしたイザ兄は猫のような動作で距離を取る。

「危ないなぁ……いきなり何するんだよ、舞流」
「何って、仕返しに決まってるじゃない」
「仕返し?」
「……青葉くんが怪我するように仕組んだの、イザ兄でしょ」
「はぁ?何それ。てか青葉くんって誰だよ」
「とぼければいいと思わないで。証拠だってあるんだから」
「……証拠、ねぇ」
「―――認めてよ」
「……仮に、俺が認めたとして、お前は俺に何を要求するんだ?謝罪か?」

鼻で笑いながらそう言うイザ兄。いつもの癖でオーバーに手を動かすのも忘れていない。

「…………」
「何も考えていなかったのか?まぁ、大した妹だな」
「……うるさい」
「―――舞…「触らないで!」

イザ兄の手がセーラー服の袖に触れかけた寸前、私は思いっきり身を引いてその手から逃れた。

「っ、……こんなことするの、イザ兄しかいない!」
「……そうかよ」
「イザ兄の馬鹿!外道!冷酷男!大っ嫌い!」

あらん限りの声を絞り出し、言葉を精一杯叩きつけるように叫び、長くて鬱陶しいスカートを翻して走る。手を振り払ったあの瞬間に見えてしまった、ひどく哀しそうに歪んだ表情を脳裏から消し去ろうと私は目の淵に溢れ、零れ落ちそうになるその液体を乱雑に拭いながら。

「イザ兄なんて……ざにぃ、なんてッ…!」


×


「大っ嫌い、ねぇ」

独り、取り残された臨也は自嘲を含んだ声でハハッと嗤う。

「………思ったよりもキツいだなんて、思わなかった、なぁ」

嗤う。

「俺は諦め悪く、家族の情愛なんてものを未だに望んでいるのか」

乾いたその笑い声は、どこまでも虚しく、寂しい音だった。


end.




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