夏と水着とキミ



「はぁ?プール?」
「そ、プール!夏休みだし、月森も帰ってくるらしいし、皆で行かねーかって話」

またこいつは何を言い出したんだ…と言わんばかりの顔をしたのは隣を歩いていた里中である。んだよ、そんなに不満か。

「なーにが嫌なんだよ!夏と言えばプール、プールと言えば夏だろ!これ鉄則!」
「あたし的にはかき氷なんだけど」
「お前は本当に食い物ばっかだよな。肉じゃねーのかよ」
「べっ……別に、いつもビフテキビフテキ言ってるわけじゃ…!」
「嘘つけ」

今日も弁当のウインナー見ながらビフテキ食べたいなぁとか呟いてたのは誰だよ。一生懸命ウインナー焼いてくれた母親に謝れ。焼いただけだけど。

「だだだ、大体っ!あんた、またうちらに水着着せるつもりでしょ!」
「おうよ!」

当たり前だろ!と胸を張ったら側頭部を叩かれた。めちゃくちゃ痛ぇ。

「おうよじゃない!なに威張ってんの!」
「うっせぇよ、いいじゃんか水着ぐらい」
「嫌なのっ!もうやだ!」
「何でだよ」
「だって…どうせまたガキっぽいとか…」
「あ?」
「〜〜っ、とにかく!嫌なの!」
「はぁ…?」

ごにょごにょと呟いてた里中は突然叫んでずんずんと歩き出した。ちょっと待て。

「待てよ!」
「うるさいっ」
「なんで怒ってんだよ…」
「あんたのせいでしょ」
「はあぁ?」
「あーもういい!ってかプールなんて八十稲葉には市民プールしか無いじゃん」
「ま、あそこしか無いな」
「市民プールなら皆で行った所で邪魔になるだけだよ?あそこは子供ばっかだし、第一高校生にもなって行ってる人なんて、そうそう居ないし。浮くよ?」
「う、浮く浮かないはどうでもいいだろ!楽しけりゃ!」
「考えてなかったでしょ…」

呆れたように言われてぐうの音も出ないがここで引き下がっては男が廃るってもんだ。ここでがつんと約束を取り付ければキャプテンルサンチマンとしての俺の株も急上昇するはず…!気合いを入れ直して新たな切り口から里中を懐柔に掛かる。頑張るんだ、俺。名誉の為に。

「里中」
「は、はい…?」

がしりと肩を掴んで真顔で里中をじっと見詰める。さぁ、これで里中はぐっと断わりにくくなったはず、だ。

「俺は、」
「お、俺は……?」
「―――女子の水姿が見たい」
「ちょ……直球かよ…」
「直球だ」
「しかも真顔で言うな」
「真剣なんだ」
「やだ!あんた、前の水着ん時もそんな顔してたじゃん!」
「よく覚えてんな」
「ど、どうも…じゃなくて!」

あーもうっ!ともだもだする里中はしかし、俺ががっちりと肩を掴んでいるので動けないまま百面相をするばかりだ。これはこれで中々面白いけど。

「あんたが見たくてもあたし達は嫌っ」
「それは里中の意見だろ」
「あたしは女子を代表して言ってんの!」
「えー?天城は今回は意外とノリノリかもしれないし、りせちーは絶対喜ぶだろー」
「り、りせちゃんは確かに……月森くんの為に張り切りそうだけど…雪子は無い!」
「分かんねーぞ?ほら、天城も前より明るくなってきてるし意外と大胆にっ…!」
「な……無いったら無い!」

言い張る里中が少々自信が無さげなのは、天城もりせと同じように月森の奴に好意を寄せていることを知っているからだろう。あいつの為に天城がどこまで何をやってのけるかは未知数だからな。

「そうかなー?」
「とにかく、女子を代表してあたしが言ってるんだから女子は嫌なの!分かる!?」
「えぇー……大体、お前が女子代表とか言ってる時点で確証が薄いんだよなぁ…」
「はぁ?」
「だって天城とりせちーとお前じゃん?」
「…………何が言いたい…」
「いやぁ……ほら、な?」
「あ…んたねぇ…っ!」

ギリッと睨み付けられてその鋭い眼光に後ずさる。やば、今のは言いすぎた、か…?

「あ、あのさ里「もういい」
「え」
「もういい。どーせあんたが見たいのは、雪子とりせちゃんの水着でしょ。あたしはミスコンん時みたいにオマケなんでしょ。引き立て役なんでしょ。だったらいい。あたし、プール行かないから」
「は―――え、ちょっ…!」

俯いて捲し立てる里中を止める間もなく、走り出してしまった。慌ててその背中を追い掛ける。確かに俺も言いすぎたけど、お前が引き立て役なんて言ってない。
俺にとってはお前が、

「里中ッ!」
「っぅ、………」

抱き締めた身体は驚くほど熱くて、里中は肩で息をしながら熱い息を吐いていた。

「やめて……離してよっ」
「離したら逃げるだろ」
「だって、あたしなんか花村の眼中には無いんでしょ!」

叩きつけるようなその言葉に、目眩を覚えた。里中は、こいつは今、何て言った?

「里、中」
「あんたの眼中に無いなら引き立て役も一緒よ!あんたに見てもらえないなら水着だって何の意味も無いんだから…っ!」

里中の身体を腕の中でくるりと反転させると、噛みつく勢いで上げた顔と至近距離で目が合った。ようやく我に返ったらしい里中が俺と同じように、その近すぎる距離に思わず硬直した。

「……、!」
「里中、あのさ、俺」
「なななによっ!ち、近い!」
「俺は、お前の水着が一番見たいんだ……けど、」
「―――……は?」
「だから、お前は引き立て役じゃない。っつーか俺ん中での主役はお前だからな!……天城より、りせよりお前が一番、俺は、」

―――俺は?

俺は今、一体何を言いかけたのだろうか。考えても続くはずの言葉は見つからず、喉元でつかえるばかりだった。何か続くべき大事な言葉があったはずなのに。

「俺は……」
「……別に、今更お世辞なんか……」
「お、お世辞じゃねーよ!」
「……っ」
「本心、っつーか、その」
「…………分かった」
「え?」

ふっと顔を上げると茹でダコみたいに真っ赤な顔で落ち着かない様子で視線をさ迷わせる里中。その表情が僅かに嬉しげに見えたのは俺の気のせいだろうか。

「……いいよ、行っても」
「ほっ……本当か!?」
「う、ん」

気のせいでは、なかったらしい。
ちいさくこくんと頷いた里中はもうなんていうか、めちゃくちゃ可愛くて可愛くて、俺は衝動に任せて里中をぎゅっと抱き締めてしまった。

「ひゃ、花村っ」
「……すっげー嬉しい……」
「あ……あんたぐらいよ、水着でこんなに喜べるのは」
「へへ……へへへっ…」
「!!やだ花村キモいッ!」

まぁ、10秒後に思いっきり蹴り飛ばされたのだが。


(熱い夏はまだまだこれから)



end.




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