せめて、今だけでも



鼻腔を擽るのは甘い卵とバター。そして、ちょっぴり酸味のあるケチャップの香り。

堂島家のリビングで、陽介はソファーに背を預け、思わずにやける頬を抑えられずにいた。きっと今の自分をあの肉好きの友人に見られたら「花村、あんた気持ち悪い」と言われるのだろうと思い、更に笑みを浮かべた。

「陽介、もうすぐ出来るからもうちょっと大人しく待ってて」
「お、おうっ」

キッチンから自分を呼ぶ声に返事をしながら振り返り、陽介は慌てて表情を繕う。

「てゆーか月森、俺は普段から大人しいっつーの」
「どの口が言うんだよ、それ」
「そんなの、このチャーミングなく・ち・び・るに決まってるだろー」
「チャーミング、ね……」
「あっひどい月森!今、鼻で笑っただろ!ちょっと聞いてんのかっ!」
「あーはいはい、聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてねー……」

拗ねたふりを決め込むと月森は吹き出す。陽介がむすっとした表情のままで月森を見ると、更に月森は笑う。

「……何で笑うんだよ……」
「いや、だって陽介が子供みたいで……」
「ぅ……どうせガキだよ!」
「はは、可愛い拗ね方するな」
「っ、」

不意打ちで可愛い、と言われて陽介は顔を赤らめる。言った張本人の月森は、笑いながらも器用に料理を続けていて、思わず過剰反応してしまった自分に羞恥を覚える。どうやら、この恋人は無意識で恥ずかしい台詞を言う節があるようで、いつもそれに陽介は振り回されているのだ。

「月森の、ばか……」

ソファーに置かれたクッションの中でも一番柔らかいお気に入りのそれを抱き締め、顔を埋めて唸るように零す。恥ずかしい気持ちが胸をぐるぐると渦巻いて仕方が無かった。

「陽介?どうした?」
「な、んでもねぇよっ…!」
「そう?……よし、出来たよ」

カタン、と食器の音が鳴り、月森が陽介を呼ぶ。クッションから顔を上げると、柔らかな笑顔と目が合った。この笑顔を今、独り占めしているのは自分なんだと思うと胸が弾む。

月森の言う通り、自分はまだまだガキなんだろうと思いながら、それでもいいから今だけはこの笑顔を独占したいと考える。きっとそれを言えば、子供じみた独占欲だと笑われてしまうだろう。だから口にはせずに、胸の奥に大事に閉じ込め、

「はいはーい!」

元気良く返事をしながら立ち上がり、月森の傍へと駆け寄る。独占欲でも執着でも構わない。だから今はこいつの傍に居たいのだ。

「わ、うまそう…!」
「当たり前だろ。オムライスは俺の得意料理なんだから」
「俺、お前のオムライスめちゃくちゃ好きだわ」
「っ…、そう、か……」
「あ、真っ赤」
「う、るさいっ」
「大丈夫だって、月森のオムライスも好きだけど、月森のことはもっと好きだからさー」
「……あぁ」


(幸せな時間を)



end.




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