風を操る少女が涙を見せることは決してない

※陽介先天性女体化


風を操る少女が涙を見せることは決してない
りせが見つけた菜々子の反応を追い掛けて辿り着いたのはまるで神話に出てくる天国のような荘厳で美しいダンジョンだった。中に入れば内部までもシャドウの巣窟とは思えぬほどに明るく、綺麗で俺達はただその光景に圧倒されて閉口してしまった。この場所が菜々子が抑圧して押し込めていた心の片隅で想い描いていた母親の居る場所―――天国であるとすれば、この美しさには頷けるのだから。

「………綺麗、」

溜息のような呟きに目を向ければ、彼女は感嘆と哀愁を入り交じらせた複雑そうな表情で階段に当たるであろう太い蔦を見上げていた。まるでジャックと豆の木に出てくるようなこの緑の蔦も、菜々子の母親を求める深層意識からのものなのか。

「陽介」
「…………月森、行こう」

思わず声を掛けると、彼女は表情を引き締めて気丈に微笑んだ。その笑顔が何故だろうか、ひどく儚いものに映ったのは。


×


「ペルソナ…ッ!」

軽快な動きで宙を回転して振るったスパナでアルカナカードを粉砕して、陽介は自らのペルソナを召喚する。燃え上がった青白い炎がペルソナ、スサノオを顕現させた。マハガルーラを命ずると魔術師故に強力な嵐が巻き起こり、敵をたちまち一掃した。力を行使したスサノオは虚空にその身体を溶けさせる。

「花村先輩、流石です!」
「陽介やるクマー!」
「先輩かっこいーっ!」

直斗、クマ、りせの称賛の声に振り返った彼女は嬉しげににっこりと微笑む。その時、

「ッ、花村先輩、後ろ…っ!」

りせの焦燥した声が聴こえたと思えば微笑んだ彼女の背後に伸び上がった影が居た。

「陽介!」

この距離では間に合わない。だけれど俺は咄嗟に陽介に手を伸ばしていた。しかし彼女は一瞬の瞠目後に口角を吊り上げるとヘーゼルブラウンの瞳に凶悪な光を宿らせて素早く身を捩らせ、スカートを翻してシャドウの鋭い攻撃から逃れた。ペルソナを召喚することもなく、反射神経のみで。

「っと…危ないなぁ…」

零しながら陽介は尚も微笑みを崩すことなく軽い身のこなしでシャドウの間髪入れない連続攻撃を紙一重でひらりひらりと避ける。そしてある程度の距離を取り、シャドウが消耗した時を見計らってアルカナカードをスパナで叩き付け、颯爽とスサノオを召喚する。

「唸れ、スサノオ!」

彼女の声に応えるようにスサノオは手足を広げて空中で身を翻し、ガルーラで竜巻を起こしてシャドウを包み込む。疾風が弱点のシャドウはそれだけでぐったりとダウン状態になり、そこに畳み掛けるように陽介は突撃する。容赦の無い追い討ちに弱ったシャドウが耐え切れるわけもなく、真っ黒な灰になって消え失せた。

「ははっ、キリねぇな」

スパナを片手で弄んで彼女は苦笑する。

「すっ…ごーい花村先輩っ!今のすっごく冴えてたよ!」
「かっこよかったクマー!」
「えぇ、今の反射神経は素晴らしいです。僕も見習わなければいけませんね」

仲間達は圧巻されながら陽介に駆け寄り、怒濤の反撃を称える。それに対して彼女はそうかなぁと頬を仄かに朱に染めてくすぐったそうに笑う。

「……月森、どうした?」

彼女を見詰めながら、押し黙ったままの俺を振り返った陽介が不安げに尋ねてくる。その表情はいつもの彼女のはずなのに、何処か頼りなく見えた。

「何でも、ないよ」

緩く首を振って微笑むと、陽介は安堵したように頷いてアルカナカードを強く握り締めた。その彼女の滑らかな手の甲にうっすらと切り傷が浮かんでいるのを、俺は気付かないふりをするのが精一杯だった。


×


持ち前の運動神経と反射神経は里中をも上回るほどで、運の低さ故にたまにドジを踏むことはあっても月日を経て、逞しく凛々しくなっていた彼女に弱さなどは見えなかった。それもそのはず、彼女が虚勢という壁で自分を覆い隠していたのだから。

彼女が軽快にスパナを操り、アルカナカードを砕いてペルソナを召喚する。蒼炎に喚ばれたスサノオが顕現する。彼女の覇気の顕れのように力強い動きで回転するスサノオが生み出した竜巻でシャドウを舐めるように絡め取り、後には灰塵だけが残る。

激しく荒れ狂う風は、彼女の心情の顕れなのか、それとも


(その答えは、彼女のみぞ知る)



end.




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