mutual love

※完二誕


斜め前の席の小さな背中を見詰めて、完二はちいさく息を吐いた。それは安堵ではなく、どちらかというと溜息のようなもので。だけれどそれに気付かない背中は教科書を鞄に詰め込んで黙々と帰り支度を整えていた。試験前でも無いのに重たい教科書類を持って帰るなど、完二からすれば理解出来ないし、きっと分かる日なんて来ないだろう。ぼんやりと生真面目だなぁと考えていると細い指が机の横に掛けてあった帽子を掴んだ。それに完二は慌てて意識を戻した。

「っ、………直斗!」
「……え、」

呼び掛けられ、びくりと肩を跳ねさせて振り返ったのは白鐘直斗。驚きに軽く見開かれた瞳は大きく、長い睫毛がそれを縁取っていた。その瞳と睫毛だけで直斗の性別を改めて意識してしまい、完二は目を逸らしてしまった。自分から呼んでおきながら。

「巽くん、でしたか」
「あ…あの、よ…直斗、」
「……はい?」

ぎこちなく言葉を発する完二に対し、直斗も若干緊張したような声で答える。

「その、よ……用事とか、ねぇなら、俺と…い、一緒に、か…帰らねぇ、か……?」

噛んだり、つっかえたりしながら完二はやっとのことでそう言い切って、何かを吹っ切るように顔を上げて真っ直ぐに直斗を見詰めた。その頬は朱に染まっていて、これがあの巽完二だと言われても誰も信じられないだろう。一方、直斗はというと、告げられた台詞に反応しきれずに瞠目したままで固まってしまっていた。

「な、直斗………?」

反応の無い直斗に戸惑い、完二がそっと声を掛けると、我に返ったらしい直斗はぼっと顔を真っ赤にして、わたわたと慌てた様子でいえ、とかあの、とか不明瞭な言葉を口にし始めた。

「えっと、あの、僕…!」
「お、落ち着けよ」
「あ………」

完二に宥められ、ようやく普段の冷静さを取り戻した直斗は俯き加減にちいさく頷いた。その耳朶は仄かに赤い。

「…すみません…」
「いや、謝るようなことじゃ…ねぇだろ。べ、別に嫌だったらいい、しよ」
「いえ!嫌なんかじゃ…っ!」
「―――…ほ、んとか?」
「は……は、い…」

信じられないという表情の完二に、直斗はこくりと頷いた。


×


橙の夕日が暖かな光で差し込む、周囲を田圃に囲まれた帰り道で完二と直斗はお互いにまだぎこちない雰囲気のままでぽつりぽつりと会話を交わしていた。解決した事件のこと、テレビの中について、仲間達のこと、菜々子の容態など、話題はたくさんあるというのに未だに何処か固い空気のせいで話は弾まない。確かに、直斗が仲間に加わったのは遅かったとはいえ、6月から顔見知りではあった。仲間になってからは協力して生田目を倒し、足立を倒し、アメノサギリを倒してきたというのに2人を包む空気は和らいでくれない。それは出会った当初からの完二の過剰な意識のせいなのか、それに影響されるように意識し始めた直斗のせいなのか、もしくはお互いのせいなのか。2人には未だ分からない。

「……あの、巽くん」

今日何度目かの短い沈黙の後、思い切ったように直斗が歩みを止めて口を開いた。同じように足を止めた完二は僅かに緊張を孕んだまま何だよ、とぶっきらぼうに返す。

「僕……今日、巽くんに誘ってもらえて、嬉しかったです」
「、え…あ、何で…」
「巽くん、今日が誕生日なんですよね?」
「―――え…」

首を傾げて問い掛けた直斗に、完二は呆けたようにぽかんとした表情で目を丸くした。その反応に緊張の糸が緩んだらしい直斗は笑みを零した。

「忘れてたんですね」
「誕生日……って、あ」
「ふふ、今日は19日ですよ」
「あー……」

やっと思い出した完二に直斗はくすくすと笑いながら風に揺れる髪を弄ぶ。その仕草が妙に可愛らしく見えて、完二は胸にくすぐったい感情を覚えた。

「忘れてた、な」
「巽くんらしいですね」
「…それ、どういう意味だよ」
「そのままの意味ですよ?」
「………馬鹿にすんなっつの」
「やだな、してませんよ」

からかうような直斗の声が柔らかく、自然な声色なことに気が付いて完二は嬉しさに思わず頬を緩ませていた。あぁ、こうやっていつも自然に笑い合えたらいいのに。

「…ようやく、笑ってくれた」
「え?」
「ずっと硬い表情だったから」
「……お前も、だろ」
「あ……はは、そうですね」

お互いに無駄に緊張なんかしなくたっていいのに、可笑しいですね。独白のように呟かれた言葉にどきりとした。見遣った直斗の横顔はどこか悲しげに見えて、気が付けば完二はその頬に手を伸ばしていた。すべらかな肌に撫でるようにそっと触れると、びっくりしたように見上げられた。振り払われなかったことに少しだけ安心して名を呼ぶと、直斗は肩の力を抜いて微笑んだ。

「本当は、少しだけほっとしたんです」

言葉の意図が分からずに見詰めると、直斗はゆるく苦笑して自嘲するように呟いた。

「久慈川さんから、今日が巽くんの誕生日なんだと聞いて」
「今日こそ自然に下校の誘いをしようと、思ってたのに上手い台詞も浮かばなくて」
「……困り果てていたんです」
「そしたら巽くんから声を掛けてくれて」
「嬉しかったです。なのに、安心している自分も居て」
「………僕は、臆病だから」

力も無く吐き出した直斗は、疲れたような表情で完二を見上げていた。

「臆病、って」
「僕は臆病者ですよ、巽くん」
「…そんなこと」
「無い、ですか?違いますよ。違います。僕は天才少年探偵でもない、ただの平凡で臆病な女子高生なんです」
「――――」
「今日だって、巽くんを誘うことすら出来なかった」

ごめんなさい。これじゃあただの愚痴になってますね。今日は巽くんの誕生日なのに、僕のせいで台無しだ。何してるんでしょう。情けないですよね。本当に、僕は

嗚咽混じりに肩を震わせて、気持ちを吐露するちいさな肩を、完二は引き寄せていた。

「たつみ、くん」
「分かったから、無理すんな」

苦しい呼吸の合間に名前を呼んだ背中を優しく撫で摩ると、直斗はひときわ大きく身体を震わせ、声を上げて泣き出した。

それから長い間、完二の腕の中で泣いていた直斗はようやく落ち着いて赤くなった目を伏せたままですみません、と零した。

「………謝るなよ」
「…でも、誕生日だったのに」
「俺本人が忘れてたんだ、別に構いやしねぇよ」

申し訳なさそうな直斗に笑ってみせると、彼女はつられたように表情を緩めた。

「……本当は、上手く誘えたら沖奈に行きたかったんです」
「沖奈に、か?」
「久慈川さんに勧められたんですよ」
「またあいつか」
「えぇ、そうです。デートぐらいしてこいって言われました」
「で、デートって…おまっ…」
「………まだ、デートには早いって返しておきましたけど」

絶句する完二に悪戯っぽく口にすると、たちまち完二は茹で上がったように赤くなった。

「なっ、"まだ"って…!」
「ふふ、巽くん真っ赤ですよ」
「お前がんなこと言うからだろうがっ!」

喚く完二に澄ました顔で返しながら直斗は大きな骨ばった手に指を絡めて引っ張る。驚いている完二の反応を嬉しく思いながら微笑む直斗は、至極幸せそうだった。

「完二くん、早く行きましょう!」
「は、え、どこに…」
「沖奈に決まってるでしょう」
「は!?今から行くのかよ!?」
「当たり前です」
「なっ―――…あれ、今「は、早くっ!」
「…お前も真っ赤じゃねぇか」


(そんな感情)



end.




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