策略家の彼



昼休み―――教室で弁当を食べている最中にその音は鳴り響いた。電子音が鳴り響き、陽介はポケットから携帯を取り出す。柔らかな声で電話に応えた陽介は、相手の声を聞いた瞬間に一変した。

「はい、もしもし―――…ってクマかよ!店の電話を使うなって何度も言ってんだろ!て買ってやったんだから携帯を活用しろ!」
「あっちゃー……電話の開いて、クマみたいだねぇ」
「お店の電話は使っちゃ駄目だよね……」

里中と天城は気の毒そうに呟く。その視線には哀れみが含まれていたが、俺は気付かないふりをした。それがきっと陽介の為だろう、多分。

「で?わざわざ店の電話を使ってきといて、用は何なんだよ、クマ。……あ?またパートの佐藤さんに怒られた?知るかよ、どうせまたお前がサボって……ねぇのに怒られた?あー……それはあれだな、たまたま機嫌が悪い時に傍に居たのがお前だったからむかついたんじゃね?うん、それで決まりだな」
「まーた花村がクマいじめてるよ」
「あれはあれで可愛がってるんだと思う」
「そうだな」
「それに、授業中に掛けてこなくなっただけでもクマさん成長したんじゃない?」
「あ、それは確かにそーかも」
「同感だ」
「考えてみろ。もし諸岡先生の授業中だったら……」
「あぁ……」
「うわ、考えたくもないっ!」

俺の言葉に里中は大げさなほど嫌な顔をした。天城も想像してしまったのか苦い顔だ。ちょうどその時、陽介の声が俄かに慌てはじめた。

「……え、ちょ……お前、なに泣いて……え、俺!?俺が悪いのかよっ!つかお前、そこ電話あるんだから他の店員も居るんだろ!んなとこで俺の名前呼びながら泣くなって…!」
「あ、修羅場」
「なんかあれだね……恋人同士の修羅場みたい」
「あはは!確かに!」
「雪子、ウケてる場合?……あれ、月森くん?」
「え?……あぁ……」

わたわたと慌てる陽介をぼーっと眺めていた俺は、里中の声で意識が戻った。視線を向けた先の天城はやけに嬉しそうに微笑んでいて、俺は静かに首を傾げる。

「なんだ?天城」
「月森くん、今ちょっと怖い顔してたよ?……もしかして、クマさんに焼きもち?」
「ちょっ……雪子!」

あっさりと言ってのけた天城に対し、里中は露骨に慌てている。びくついた様子で俺を窺う、その挙動に俺は思わず苦笑を零す。

「そんなに怯えなくても」
「お、怯えてはないけどっ……」

雪子が突拍子もない質問するからびっくりしたのよ。里中はそう憤慨しながら膝を叩いた。天城は穏やかに微笑んでいたが、瞳の奥はどうにも面白がっているようだ。

「ねぇ、クマさんに嫉妬した?」
「……随分と直球だな」
「回りくどいのは嫌いだから。月森くんだってそうでしょ?」
「まぁな」
「ていうか雪子の場合、オブラートに包むって言葉を知らないんじゃ……」
「え?」
「いや、なんでもないわ」
「……で、どうなの?月森くん」
「天城って、そんなに恋愛に興味津々だったっけ」
「ううん。でも、クールな優等生で有名な月森くんが焼きもちとか妬くのかなって……単なる好奇心かな。あと、男の子の恋愛心理の参考にもなるのかなって思って」
「ゆ、雪子……?」

天城は何かを企んでいる風だったが、突っ込まない方が身のためだろう。引き気味の里中は、困惑したまま俺がどう出るのか窺っていた。仕方なく誤魔化そうと口を開いた時、陽介が椅子を鳴らして立ち上がる。クマとの通話はいつの間にか終わっていたらしい。しかし、どうにも陽介の顔色が良くない。目に見えて狼狽し、慌てている。

「陽介?どうしたんだ」
「つ、月森…!それが、クマのやつ……」
「えっ、なに!?なにごと!?」
「もしかして……クマさんに何かあったの?」
「っ、……クマが…!」
「陽介、落ち着いて言ってみろ」

俺はなるべく静かな声になるよう意識しながら話しかけ、陽介の肩を掴んだ。陽介は頷き、ちいさく息を吐いた後に緊張した面持ちで薄い唇を開く。

「俺が冷たいのが悪いって、俺と月森の関係を恋仲だとか捏造した噂を流してやるとか抜かしやがったから今から絞めてくる」

至極真剣に言い放たれた言葉は予想外で、俺たち三人は呆然と立ち尽くした。

「俺、今から抜けるわ。上手いこと言い訳取り繕っておいてくれ。頼んだぜ、里中」
「え……あ、ちょっ、あたし!?」

里中は取り乱して大声を上げるが、俺はといえば陽介が振り返った時にはすっかり落ち着きを取り戻していた。

「月森、俺とお前の為なんだ…ノート、頼めるな?」
「任せろ」
「月森くん!?」
「天城、里中の頭じゃ足りないようなら、手伝ってやってくれ」
「合点承知!」
「雪子、あんたそのテンションなんなの……って花村、マジで行くの!?」
「じゃあな!あとは頼んだぜ!」
「「了解!」」
「あんたらはハモるな」
「合点承知って言ってみたかったのよね。かっこいいじゃない」
「あぁ。ちょっと楽しかったな」
「つ、月森くんまで……ていうかよかったの?花村を引き止めてたら、その……」
「月森くんに都合のいい噂が広まって自然といい感じになれちゃうかも……ってことが言いたいんだよね、千枝は」
「ゆ、雪子……まぁその通りなんだけど……」
「あぁ、なるほど」

確かにそうやって今の親友関係から脱却する方法もあるだろう。しかし、そうやって恋仲になれたとしてもあまり喜ばしくはない。

「俺としては微妙かな」
「え、なんで?きっかけが何であれ、恋仲になれればそれで……」
「でも、それだとクマのお陰でってことになるだろ?」

俺がさらりと告げると、納得して頷きかけた里中はぴたりと動きを止めた。じわじわと頬を赤く染め、ぱくぱくと口を動かす。

「つ、つつつつ月森くん……」
「どうしたの?千枝、顔が真っ赤よ」
「だって、月森くんがあんまり堂々と言うから……!」
「あはは、でも確かに今のはちょっと格好良かったかも」
「本当?」
「うん。だって他人の力は借りずに、自分の力で花村くんを振り向かせたいってことでしょ?自信と余裕がある証拠だし、なかなか言えない台詞だと思う」

天城に冷静に分析されてしまい、そうだろうかと俺は首を捻る。他人に介入されて実った恋など微塵の嬉しさも感じられないと思っただけなのだが、予想外の反応をされてしまった。しかし二人の反応が良かったので、まぁそういうことにしておこう。取り敢えず、自信に満ち溢れるクールな優等生はこう言っておこうか。

「―――惚れるなよ?」


(譲れない想い)



end.




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