ギブアンドテイク



「終わった……」
「終わったな、テスト」

机に顔を突っ伏していた陽介が呟く。それに返事をすると、陽介は途端に机をばんっと叩いて立ち上がり、激しい口調で叫んだ。シャウト。

「そうじゃない!」
「え?」
「お前の終わったと俺の終わったじゃまったく意味が違うんだよっ!」
「あぁ……なるほど、そういうことか」
「はああぁ……もうほんと終わった……」
「陽介」
「あん?」
「次があるよ」
「励ませよ!!」
「えぇ……」

めんどくさいと俺が零せば陽介は大仰な反応が帰ってくる。この状態の陽介はもう何を言ってもやれ労れ、やれ優しくしろとうるさいのだ。

「でも陽介。テスト一週間前でも息抜きしようぜって頻繁にテレビの中に俺を誘ってきたよな?」
「き、気のせいじゃね?」
「俺が里中や天城と図書室で勉強してた時も、お前ずっと突っ伏して眠りこけてたよな」
「き、ききき気のせいだって」
「それに、帰る頃に居なくなってたと思えば愛屋で一条たちと肉丼食ってたよな」
「きっ……「勉強、してなかったよな」
「………」
「………」
「……ゴメンナサイ……」
「自業自得だよな」
「はいそうです……俺が悪いんです……」
「分かればよろしい」

がっくりと肩を落として項垂れる陽介を見下ろして頷くと、背後からくすくすと笑い声。振り返ると里中と天城がおかしそうに笑っていた。

「花村がしょげてるー」
「千枝、笑っちゃ駄目だよ。……ぷぷっ」
「雪子も人のこと言えないじゃん」

女子二人に笑われ、ちらりと目線を上げた陽介は再びぐったりと落ち込んでしまう。

「ていうか花村。あんたこの前も赤点取ってたっしょ?今回も赤点なら補習なんじゃ「わあああ里中!それ以上言うな!」
「やだっ、触んないでよっ!」
「ぶふぉっ!」

陽介は里中の口を塞ごうとしたが、間髪入れず鳩尾に重い蹴りを食らった。あれは致死性が高い。

「あっぶな……」
「千枝、大丈夫だった?」
「うん!蹴り飛ばしたからね」
「な……何もしてないのにっ……」
「変なことしようとするからでしょ」
「お前相手に何もしねぇよ!」
「ちょっ、それどういう意味よっ」
「あっ、ちげぇよ!誤解だって!」
「……ふん。本当に補習になっても知らないんだからね」
「里中には言われたくねぇよ」
「あ、ちなみにあたしは月森くんと雪子に教えてもらったからすらすら解けました。少なくとも赤点じゃない自信あるよ」
「なっ…!?」
「じゃ、私たちそろそろ帰るから」
「お、おい、里中……」
「気をつけて。また明日」

里中と天城は手を振りながら去って行った。遠ざかっていく二人の背中を見送り、振り返れば陽介はすっかり沈みきっている。今にもずぅんという重い効果音が聞こえてきそうだ。

「……なぁ陽介。今回赤点なら補習って本当か?」
「あぁ……そうだよ。今回はマジでやべーんだよ……追試もあるし……」

再び、ぐったりと机に倒れ伏した陽介には全く生気がない。しっかりとセットされた髪も心なしかしんなりしているし、顔色も悪いような気がする。そんな陽介を見下ろしていると、俺の頭の中にある考えが浮かんだ。―――実に意地の悪い考えだ。

「陽介」
「はぇ?」
「俺が……教えてやろうか?勉強」
「―――えっ?」

驚きの声が上がったと思えば、陽介は椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。目を大きく見開き、真顔でマジ…?と呟く。

「マジ」
「ままままま、マジ!?マジでか!?」
「うん」
「ああっ、そうだ!天城だけじゃなくてお前も学年トップだったよな!」
「今更か?」
「俺と同じ学力低空飛行組だった里中がすらすら解けるようになったんだ!俺だってお前に教えてもらえば再追試も免れるよな!そうに決まってる!」
「おい陽介、落ち着け」
「あぁ、そうだよな……お、落ち着くぜ」

陽介は自身を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。少し落ち着いたのか、しかし嬉しそうにはにかんで俺を見上げた。

「でも、お前に教えてもらえば百人力だ。再追試も再々追試もぜってー免れる。マジでサンキューな、月森!感謝する!」

がしっと力強く手を握り締めてくる陽介に俺はやさしく微笑んだ。静かに頷くと、陽介の瞳が涙で潤んできらきらしはじめた。あぁ、なんて単純なんだろう。

「でも、代わりにお礼は要求するからな」
「お礼?」
「あぁ。give and takeって言うだろ」
「おぉっ、発音良いな月森!流石だぜ!」
「聞いてるか?陽介」
「聞いてる聞いてる。なんでもやるに決まってんだろ!」
「……絶対だぞ?」
「おう!」

俺が念を押しても、陽介は言葉に含まれた意味にまったく気付かない。俺が騙したかのようだが、あいにく嘘は吐いていない。俺は陽介の手をそっと握り返して、ふわりと微笑んだ。


(さて、何を貰おうか)



end.




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