やさしい贈り物

※リリー誕


「リリー」

呼ばれた声に振り返ると、漆黒の髪の友人が微笑を浮かべて立っていた。灰色のセーターの胸にはたくさんの分厚い本と教科書、羊皮紙を抱えている。

「セブルス。貴方も今から図書館で宿題をするのかしら?」
「いや、僕は今終わったんだ」
「あら、そうだったの」
「……それは、魔法史のレポートかい?」
「えぇ、そうよ。まだ、羊皮紙2巻分も残っているの」
「そうなのか……」

憤慨して言うと、セブルスは苦笑いして軽く目を伏せた。何かを思案している表情だ。

「ねぇリリー、良かったら……本当に君が良かったらだけど、僕が手伝おうか?」
「えっ」

予期せぬ提案に顔を上げると、柔らかい笑顔。滅多に見ることの出来ないそれは、きっとわたしの前でしか見せない。

「ほ、本当に…?」
「……君さえ、良ければね」
「いいに決まってるじゃない!ありがとう、セブ!」
「っちょ、リリー…!」

嬉しさのあまりに回廊だということもすっかり忘れてセブルスに抱き着いた。目に見えてあたふたと狼狽する彼が、まるで女の子みたいな可愛らしい反応をするものだから急に微笑ましい気持ちになった。

「は、離れてっ…」
「………嫌、だった?」
「ち、がう、けど」
「そう。なら良かったわ」
「――――…」

にっこりと微笑んだわたしを見るセブルスが何処か恨めしそうな、何か言いたげな表情だったのがひどく可笑しかった。

「わ、笑わないでよ」
「ふふふ、ごめんなさい」
「〜っ、リリー、絶対に悪いと思ってない……」
「あら、そんなことないわ」
「………即答するし」

頬を膨らませるセブルスがこれまた可愛くて、親バカのような気持ちになる。いえ、友人関係で親バカなんて不適切な表現だし、彼本人に言ったらきっと怒らせてしまうのだろうけれど。

「……それよりもリリー、宿題」
「あっ、そうだった」
「そっちが本題じゃ…」
「ふふ、ごめんなさいね。折角セブが手伝ってくれるのに」
「……別に、構わない」

微笑むと、頬を僅かに染めたセブルスは慌てて目を逸らしてすたすたと図書館に向かって歩き出した。その背中が、身体が、ぎこちない様子でわたしは彼に気取られないようにそっと、肩を揺らして忍び笑った。


×


「セブ、ここは?」
「……ゴブリンの反乱?それならここだよ。256ページだ」
「あぁ、ここに載っていたの」
「そう。あと、ケンタウルスの攪乱はこっちだよ」
「ありがとう」

セブルスの細くて綺麗な指が教科書をすっと撫でるように滑り、文章を指し示す。彼の頭には教科書が完全に入ってしまっているのだろうか。わたしが訊く箇所に澱みなく的確に答える彼は、教師として最高だった。

「全部なんて入っているわけがないじゃないか、リリー」
「でも凄いわ」
「さっき、僕もやった所だから自然と記憶しているだけだ」
「そうかしら…」
「そうだよ」

彼の返答に尚も首を傾げると、擽ったそうな笑み。

「そうだったら嬉しいけどね」


×


セブルスの手伝いのお陰で、わたし1人ではたっぷり2時間は掛かったであろう宿題はなんと1時間程度で綺麗に片付いてしまった。あまりのスピードに、終わった時は他にも宿題があったのではと焦ったぐらいだ。

「ありがとうセブ、貴方のお陰でもう終わってしまったわ」
「お礼を言われるようなことじゃないよ」
「いえ、助かったのは事実だから。ありがとう」
「………うん、」

頷いたセブルスは気恥ずかしいのか、相変わらずわたしと目を合わせようとしないけれど、それが彼の精一杯なんだろうと分かって嬉しくなった。

「あ、そうだわ。セブ」
「え?」

資料を本棚に戻す手を止めると、彼も振り返る。濃い色の虹彩が真っ直ぐにわたしを見詰める。

「この後、空いているかしら」
「――――…え」
「もし暇なら、一緒にお散歩でも……セブ?どうしたの?」
「………駄目だよ、リリー」
「どうして?」

何故か自嘲するように微笑んだ彼に驚いて問い返すと、虹彩に一瞬だけ昏い色が差してどきりとする。

「……君のことを、待っている人達が居るだろう…?」
「意味が…よく分からないわ」
「分かるよ、きっと直ぐに」
「え…ちょっとセブ、待って」
「またね、リリー」

わたしの制止を振り切ってセブルスは背を向けて去って行ってしまった。伸ばした指先は、彼のローブにほんの少し掠っただけだった。

「……なんで」

わたしを待ってる人達が居る?
そんなの知らないわ、わたしはただ、貴方と一緒に

「――――…、」

ちいさく溜息を吐いて机の上に目を向けた。早く片付けて寮に戻ろう。夕食まであと1時間はあるからふて寝でもしてやろうと思った。その時、

「………?」

机の奥、本棚の上でちいさな何かが窓から差し込む夕陽にきらりと煌めいて光った。掴みかけた教科書を机の上に置いてそっとそれに近付いてみると、控え目に光るそれは薄桃色のクリスタルの可愛らしい小瓶。中には何かの液体が入っていた。

「これ、もしかして」

震える唇で呟きながらもわたしは確かに確信していた。小瓶の下に置かれたちいさなメッセージカードには、見慣れた不器用な筆跡で文字列が刻まれていた。他人から見れば、きっと素っ気なく見えるだろうその文章は『HappyBirthday』。

「ばか、ね…セブったら…」

自然と肩が震え、視界が滲んでいく。頬を一筋の涙が伝った時、ようやく彼の言葉とあの表情の真意に気が付いた。セブルス、貴方って人は本当にばかだわ。震える指で小瓶の栓を開けるとやわらかな百合の芳香がふわりと拡がり、わたしの鼻を擽った。綺麗な薄桃色のクリスタルの小瓶の中で、香水がちいさく揺れて緩やかな波を打つ。


(またねと動いた、彼の唇を、どうしても忘れられないの)



end.




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