掴まれた手首がひどく熱を持っている。鼓動は速く、相手に聴こえてしまうのではないかと不安になるほどに激しく脈動していた。熱い。熱い。熱い―――。
「レギュ、ラス」
低い声で名を呼ばれる。骨ばった指が僕の髪をさらりと梳いた。慈しむようなその優しい手つきに、なぜか胸が締め付けられる。見上げた先の彼の瞳はいつもの優しいブラウンではなく、昏い色を孕んでいた。ぞっと背筋が冷たくなるような感覚。親しいはずの彼が、今や見知らぬ人間のような錯覚に陥る。どうして。嫌だ。怖い。静寂に包まれた重たい空気が圧迫する室内で、彼の背後の暖炉でパチパチと薪が爆ぜる音がやけに耳に残る。繰り返し鼓膜に反響する、その音がひどく煩い。
「――――……バー、ティ」
絞り出した声は情けないほどか細く、掠れていた。唾を飲み下すと場違いにもごくりと鳴った喉が恥ずかしい。
「……やめてくれ。僕ときみは、親友だろう…?」
虚勢を張ったはずの声はひどく弱々しかった。そんな僕の問いに対してバーティは何も答えない。いつもの柔らかい笑みを浮かべてくれることもなく、無表情のまま僕をただじっと見つめるだけだった。
「バーティ……答えて、」
否応なしに身体を襲う震えを無視して僕は再び問う。するとバーティは無表情のまま、微笑んだ。口角だけを吊り上げた、ひどく酷薄で残忍な笑み。歪としか言いようのない表情を目にして、今度こそ背筋が凍った。
「親友だって……?ははは、レギュラス、当たり前だろ」
「っ、……じゃあ、どうして」
「―――どうして?」
薄く乾いた唇から蛇のように真っ赤な舌が覗く。舌なめずりをした彼は、身を乗り出して僕の腕を掴んだ。骨が軋んで痛み、筋肉が緊張して引き攣る。彼の表情には、もう普段の暖かさなど微塵も残ってはいない。
「それはな、お前が俺をたぶらかしたからだよ」
凶悪で優しい微笑み。それは、僕の心をずたずたに切り裂くには十分だった。
(崩壊は始まったばかり、)
end.
title by サボタージュ