SS | ナノ



ShortStory



光華散る散る

頭上で光の華が幾つも咲いている。
誰もが足を止めて指差して見上げてる中、下駄の音がカッカッと速いリズムを刻む。
「すんません、ちょっ……すんません!」
怪訝そうな顔が此方へ向くのも厭わずに人混みを掻き分けて走った。
汗をかいた脚に纏わりつく浴衣が鬱陶しく思った。

***

「夏至祭に浴衣で行かないか?」
と連絡が来たのは先月の事だった。リィンが教員に成り立てのあの年に夏至祭で同窓会をしてから毎年夏至祭で集まるようになった。今年は趣向を変えて皆で東方の着物である浴衣で行かないか、と言う話になったらしかった。
「俺は別にいいけど」
「良かった!じゃあクロウの浴衣も用意しておくからな」
「え、マジ?」
身長だけ一応教えてくれと言うリィンに答えて通信を切る。
早めに待ち合わせしてリィンの寮の部屋で気付けをして貰った後、揃って帝都へと向かう。
出店を冷やかしたり話に花を咲かせたりした後、夜の目玉である花火を待ってた時だった。
「あれ、リィンは?」
「……ああ、もしかして」
なんか知ってんのか、と下に視線を向けるとストローに口をつけていたエリオットが曖昧な笑顔を浮かべた。
「……彼女、告白するって言ってたから」
公然の秘密となっている、リィンに想いを寄せる彼女の顔が浮かんだ。周囲に彼女の姿もなかった。つまりはエリオットの言う通りなのだろう。
「あのさ、」
「ん?」
「……その、クロウはいいの?」
え、と言葉に詰まる。だってクロウも、そうだよね?と確信を持って言われて、思わず苦笑いが漏れた。
「……お前って意外と見てるよなぁ」
「まあ、友達だからね」
ニコッと笑みを浮かべたエリオットから視線を外して、ガシガシと頭を掻く。
「どうするかはクロウが決めることだけど……後悔だけはしないようにね」
それだけ言って前を行く友人たちに混ざろうと歩を進めたエリオットの肩に手を掛けて、後ろに引いた。
「わっ」
「悪い、ちょっと抜けるわ」
「ふふ、うん、行ってらっしゃい」
言うが早いか雑踏へと足を踏み出した。

***

それがさっきの出来事だ。姿を見なくなってからすぐに追いかけたはずなのに近場にふたりの姿はなく、路地と言う路地を駆け抜けて既に汗だくだった。
諦めて通信でも入れようかと頭に過った頃、路地を曲がる黒髪を見付けた。観光客の多いこの時期なら人違いと言うこともあり得るのに何故かリィンだと確信を持って足を速めた。人混みを難なく抜けていく浴衣の後ろ姿を捉えて追随し、揺れる手首をしっかりと掴んだ。
「なっ……!?」
「……見付けた」
「えっ……クロウっ?」
「来い!」
「ええっ!?」

手を引いて人混みを駆け抜ける。そう言えば隣に彼女の姿が無かったことに気付きながらどの道連れ去るつもりだったのだからと知らないフリをした。

「クロウ……っ、どこまで行くんだ!?」
後ろから息切れしたようなリィンの声に、路地の角を曲がって漸く止まった。
リィンよりも前からずっと走り続けていたこっちは息切れも去ることながら汗がポタポタとコンクリートを濡らすほどだった。横に並んだリィンが大丈夫か?と言いながら帯に差していた扇子で風を送ってくれる。夏の夜の生温い風でも多少は涼を与えてくれる。
「……サンキュ」
鬱陶しい前髪をかき揚げて横目で見ると、リィンがいや、と視線を反らした。
「クロウ、浴衣着崩れてる」
「あーまあそうだろうな」
「勿体ない、折角似合ってたのに。……直そうか」
「ん?あーじゃあ頼むわ」
「……じゃあ、その、手を離してくれないか」
握ったままだった手首をリィンがぶらぶらと振る。所在無さげにしているリィンの腕を引くと、ふたりの距離が少し縮まった。体幹がしっかりしてるから、不意を突いても腕の中に飛び込んでくるなんて事はない。チッと内心舌打ちする。
「嫌だって言ったら」
「え?」
「離したくないって言ったら?」
「ええと……浴衣が直せないな……」
そう言うことじゃねぇ、と言いそうになって口を継ぐんだ。朴念仁相手に曲打ちしようとしたこっちが悪い。
「……    」
「え……」
ドンドンドン!とクライマックスらしい花火の音に声が掻き消される。ポカンとしているリィンに顔を寄せて、聴こえた?と聞くと後ろに思いっきり仰け反られた。顔が赤く見えるのは、後ろで上がってる赤い花火のせいだろうか。
「……お前は?」
耳元で問い掛けると、リィンがうつ向いた。
「俺、 ……  」
一際大きな花火の音がして、影が一歩近付いた。



《song by KinKi Kids》






2022/01/21 15:25




君と僕と猫と誰かのありふれた日々

帝国北西部の小さな村は日々ゆったりと時が流れていた。
風車小屋の近くの家に住む初老の女性は毎朝の日課に散歩に出ようとして、飼っている猫と戯れる一人の男を見付けた。ふふ、と頬を緩めてゆったりと近付きながら呼びかける。
「おはようクロウくん、今朝は早いのねぇ」
猫にかまっていた灰色の髪の男はぱっと顔を上げて、歯を見せて笑った。
「はよ、ミサ婆ちゃん」
灰色の髪の男は初老の女性──ミサ婆ちゃんの隣に住む男だった。
何年か前に隣の空き家にやってきた彼は、ガタが来ていた家を補修して住むようになった。
この村ではほとんどの住民が酪農で生計を立てているが、彼は腕に覚えがあるらしく畑あらしや街道に出た魔獣退治、それ以外にも村の住民の手伝いなどをしてのんびりと暮らしていた。
「畑あらしの退治頼まれてたから朝イチでな」
「あらあら、それはご苦労さま」
「へへ、サンクス」
屈んだ男──クロウはしわくちゃの手で優しく頭に手を置かれてへらりと笑った。よっ、と立ち上がると茶の紙袋に入った野菜が落ちそうになって慌てて立て直す。
「退治のお礼?」
「そ、有り難いねぇ」
「ああ、そうだ、少し待っててね」
「へ、ミサ婆ちゃん?」
ぱたぱたと家に戻って、テーブルから布を掛けた皿を取ってまた外へと出る。
「昨日焼いたキッシュ、良かったらどうぞ」
「おーサンクス!ミサ婆ちゃんのキッシュ美味いんだよな」
「うふふ、お上手ねぇ。あら、そういえば今日は一人なの?」
「ああ、アイツなら──」


***


「よぉ、朝釣りかい」
船着き場で赤いジャケットの背中を見つけて、男は声をかけた。振り返った黒髪の青年は人好きする顔でおはようございます、と律儀に挨拶する。
「ゴルドサモーナが食べたくなりまして」
「ああ、美味いもんなアイツ」
持参した釣り道具を桟橋に置いて隣で竿を下ろす。
都会にいそうな洗練された雰囲気を持つ彼もまた、この小さな村で暮らしていた。
風の噂で何とかという有名な流派の剣聖だとかなんとか聞いたが、村の人間からしたらそんなことは何でも良かった。
彼、共にいるクロウも村の誰にも親切で、困ったことがあれば真っ先に来て助けてくれた。気さくな性格で村の人間たちと馴染むのも早く、腕も立つ。
まるで村を出ていった息子や孫のようで、誰も彼もが彼らに何かをしてやりたかった。
「よし、今日はこんなとこかな」
「なんだ、今日はもうおしまいか?」
「はい、夕飯の分は取れたので」
釣り道具を片付け始めた男に、思わずバケツの中を見る。リィンのバケツの中にはゴルドサモーナが2尾、それ以外は何もおらず相変わらず控えめな男だと笑みが浮かぶ。
「リィン」
「はい?わっ」
「ノーザンアロナも美味いぞ、クロウと食え」
「フレデリックおじさん……いいんですか?」
「育ち盛りだろ、たんと食えよ」
「はは、育ち盛りはもう終わってますが……ありがとうございます、美味しくいただきます」
リィンはバケツに受け取ったノーザンアロナを2尾入れて、ぺこりと頭を下げて背中を向けた。


***


家に近付くと、ふわりと甘い香りが鼻孔を擽った。
「ただいまー」
「お、おかえりーリィン」
「おかえりなさい」
「にゃーん」
「えっ?」
1つだけだと思っていたら声が2つと鳴き声が1つ、下に向けていた顔を上げたらキッチンでクロウと隣のミサおばあさんがにこにこと立っていて、その足元にはおばあさんの愛猫であるシロがにゃーんと可愛らしく声を上げていた。
「お邪魔してるわね」
「あ、いいえ」
シロを抱き上げながらおばあさんがにこにこと笑う。
ここでは敵意を受け取ることが無いからと、最近気配を読むのを怠っていた。まるで子供の頃、ユミルにいた時のようだ。あたたかくて優しい住民の雰囲気や、誰もが家族のような村の雰囲気がどこか似ているからかもしれない。
「いい匂いがしますね」
「ちょうど出来たてだぜ」
ニッと笑ってクロウがオーブンを開ける。テーブルに置かれたのは艶やかな琥珀色に輝いたベリーのパイ。焼き立ての香ばしくて甘い香りが食欲を刺激する。
「これは……美味しそうだな……!」
「ミサ婆ちゃんに教えてもらったんだ、いいスターベリーをたくさん貰ったんでな」
「クロウくんは器用ねぇ、とても上手に出来たわ」
このパイは焼き立てが美味しいのよ、良ければ食べましょうと言ったのに頷いて、キッチンへと合流した。
「じゃあ俺、紅茶を淹れるから二人は座っててくれ」
「手伝うぜ」
「そうか?悪いな」
「いーってことよ、相棒」
隣に並んだクロウがウインクをしてくる。その気安さに思わず笑ってしまった。
「あらあら、ふたりとも仲良しねぇシロ」
「にゃっ」

***

「ごちそうさま」
「いえ、こちらこそ。キッシュもありがとうございました」
夕方、そろそろお暇を……と立ち上がったところで二人が玄関先まで見送りに来てくれた。
「シロもまたなー」
「にゃあん」
抱き上げたシロの手を掴んで握手のようにするクロウに思わずふふ、と笑みがこぼれた。
「そうだクロウくん」
「ん?」
手招きして、屈んでくれたクロウの耳にこっそりと告げる。
「リィンくん、ふにゃっと笑うのは貴方の前でだけなのね」
ちらりと視線を送ると不思議そうにきょとんと首を傾げていた。
「そう、かわいーだろ?」
「うふふ、そうね」
相変わらず不思議そうなリィンにまたねと手を振って、隣の自宅へと向かう。
「今なんの話をしてたんだ?」
「んーナイショ」
そんな会話が家の中に消えていくのを背中で聞きながら、自分も家のドアを開けるのだった。

君と僕と猫と誰かのありふれた日々

2022/01/21 15:22




ハニーレモンのまどろみ(カフェパロ設定)

朝起きて、ツンと空気が冷たい日。風邪を引かないように加湿をしてもどうしても難しいこともあって、喉が痛む時もある。
そんな時は冷蔵庫から出したタッパーを開ける。
パジャマにストールを肩にかけた適当な姿のままスプーンを取り出し、タッパーの中から薄切りにしたレモンを掬い出すのだ。
一枚、二枚、三枚と掬い出して、レモンの酸で分解されたはちみつであったものをスプーンで三杯マグカップへと移す。酸で分解されたはちみつは濃密な琥珀色の液体へと姿を変えていた。
スイッチをいれておいた湯沸かしポットでマグカップに湯を注ぎ、くるくるとスプーンで混ぜればあっという間にホットはちみつレモネードの完成だ。
「あちっ、んー少ししみるな……」
喉にしみる時は風邪の引きかけだから注意する。これを飲むことで自分の体調のチェックが出来るのだ。
はちみつは喉の潤いを助けるし、レモンはビタミンCを摂取できる。美味しくていいことづくめだ。
「そろそろ新しく漬けておかないと……」
夏場よりも冬場の方が、どうしても減りが早い。
喉が痛む度に飲むからどうしてもそうなってしまうのだ。
レモンは出来れば国産のもの。なければ外国産でもいい。何が違うと言えば、皮の厚さだ。国産は皮が薄くて果肉部分が多いし皮の苦味が少ない。
レモンは2ミリくらいの輪切りにする。果肉のない両端は捨てる。全部切り終わったら種を丁寧に取る。種があると、浸けた後に苦味が出るし、はちみつに漬かりきって甘くなった輪切りを食べるときにどうしても邪魔をする。種を取ったらタッパーに一層並べて、上からはちみつをかける。またレモンを一層並べて、またはちみつをかける。その繰り返しをしたら普通に蓋をして冷蔵庫へ。
翌日になると酸ではちみつが分解されてさらさらになっているので、はちみつを追加してかける。2.3日面倒みたら後は放置でいい。好きなときに好きなタイミングで使う。
割るものも湯だけではなく、水で割ってレモネードにしても、炭酸で割ってレモンスカッシュにしてもいい。紅茶と割ってハニーレモンティーにしてももちろん美味しい。
使うときのスプーンは清潔なものを使うこと。一度味見したスプーンを再度使わないこと。素手で触れない。水を加えない。雑菌が沸かないように注意すれば、はちみつ漬けレモンはそう傷むことはない。少なくともここ一年、使って作り足してを繰り返しているが使えなくなったことは一度としてなかった。
「今日寒〜……リィンはよ」
「おはようクロウ、レモネード飲むか?」
パジャマの上に上着を羽織ったクロウが震えながら現れた。ペタペタと裸足で寒そうに来るなら、靴下を履くなりスリッパを履くなりすればいいのにと苦笑いしながら冷蔵庫を開ける。新しいスプーンでレモンと液体を掬って、それから湯を注ぐ。ソファーの上で丸くなっているクロウに手渡して、隣へ座った。

こうして今日も、一日が始まる。




ハニーレモンのまどろみ







2020/11/28 01:34




捕食者は悠然と笑う

毎夜毎夜、201号室に忍んで行っては眠るリィンの耳元で囁いて触れていた。
あの頃から数ヶ月、計略通りにリィンはオレの腕の中へと落っこちてきた。

「ク、クロウ……まだこういうのは、その、俺達学生で」

「んだよ、皆シてるって」

「そんなことはないと思うぞ!?」

「あるよ、お前が知らないだけ」

「で、でも、ここ、寮だし……」

「いいじゃん皆出掛けてるんだし」

「急に帰ってくるかも……」

リィンの部屋のベッドの上、オレに押し倒された状態で狼狽えていた。
狼狽えてはいるが、自分が抱かれる方だと言うことは、ごく自然に意識しているようだ。
それもまあ、計略のひとつだった。
付き合うことになってから、リィンに抱きたいと吹き込み続けて、身体をなぞって……
触られる抵抗感を薄めるようにしていった。
そのかいあってか、今ベッドに追い詰められたリィンは駄目だと言いながら脱がすオレの手を止めることなく、肌に触れる唇に震える吐息を溢している。

「……っ、クロウ、やっぱり」

「……嫌?」

「嫌、って言うか……誰かに聞かれたら、俺……」

「……ふぅん、嫌じゃねーんだ」

わざとらしく口角を上げて笑ってやれば、リィンはシャツが肌蹴たままの姿でぷいとそっぽを向いた。
ごにょごにょと口元を隠しながら、クロウだから……と辛うじて聞こえる。
こうも思い通りに進むと、悪戯心が湧いてきてしまっていけない。

「……わかった、じゃあ今日はしない」

「えっ?」

呟くとリィンががばっと上半身を起こした。唇がすぐにくっつくような距離だったので、ごく自然に軽いキスをする。

「なんだよ、嫌なんだろ?」

「……嫌じゃない、って、言ったろ……」

「でも乗り気じゃないだろ」

こういうの、一方的に無理強いするもんじゃないしと聞き分けよく見えるような言葉を告げてリィンの上から退いた。するとリィンの手が引き留めるかのように伸びてきて、シャツを掴む。
そしてそのままぎゅっとしっかり抱き着いてきた。

「リィン?」

「誰かに聞かれたら……恥ずかしいと思っただけで……」

するのが嫌なわけじゃ、ないんだ……と胸元に声が吸い込まれた。
ああ本当に、いじらしい。
あまりにも予想通りに動いてくれるから、口元よにやけが押さえられないじゃないか。

「それって……オッケーってこと?」

正確に合意を取りたくて体を離して顔を見つめながら聞くと、リィンはこくりと頷く。声でちゃんと返事しろと言えば、そうだよと小さく呟いた。
これで完全に、合意だ。

「……ん、でも、今日はやめとこ」

「なんで……?俺がごねたから、嫌になったのか……」

「邪魔入ってもオレ、多分止められないから」

夕方だしそろそろ誰か帰ってきても可笑しくないもんな、と言うとごめんとしょんぼり俯いた。嫌じゃないどころかシたかったんじゃないか、とかなんだかんだ期待してたんじゃないかとかからかいたかったけれどここで臍を曲げられても困るので飲み込んだ。

「……来週」

「え?」

「来週の休み、朝から出掛けようぜ」

どこに?と首をかしげたリィンに喉の奥で笑って耳元に唇を寄せる。

「モーテルで、シよ」

邪魔入らない方がいいだろと言ってやれば、リィンはあたふたした後に小さく頷いた。

「約束な」

頭をポンポンと撫でてキスをする。
リィンのそこが期待にか少し盛り上がっていることに気付いて唇を離れた後に呟いた。

「今日は触るだけ、な」

「あ……っ」

するりとパンツに手を滑り込ませて、リィンを抱き寄せた。

カクテルワードパレット1
21.バラライカ

捕食者は悠然と笑う

(バラライカのカクテル言葉……恋は焦らず)

2020/10/19 22:46




君のルーツ

「よーリィン、お疲れさん」
「クロウ?」
休み明け、溜まった仕事の処理に四苦八苦している内にとっぷりと日は暮れていた。
へろへろになって学院を出ると、軽い調子の声が聞こえて顔を上げる。校門のところに背をつけていたのは相棒だった。
「どうしたんだ?」
「ちょっと用事があってな。飯付き合えよ」
「え……まあ別にいいけど」
がっしりと肩に腕を回されて、なかば引き摺られるくらい強引に連れていかれる。着いたのは寮の前で、飯付き合えって寮でか?と思っているとバイクのキーを貸せと言われた。
「どっか行くのか?」
「そ、帝都に美味い飯屋出来たんだぜ?お前知らねぇだろ」
「知らなかった」
話しながらクロウが手早くサイドカーを取り付けて、今日はお前こっちなと言った。
「ほら、早く乗れ。遅くなんだろ」
「あ、ああ……わかった」
バイクに跨がったクロウに促されて、サイドカーに乗り込むとすぐに走り出す。
夜空の下、初夏の心地よい風を感じながら束の間のドライブに興じるのだった。

***

丁寧に丸く作られた氷がガラスの中でくるくる回る。普段飲まない琥珀色の液体は、脳味噌を弛く揺さぶって、嫌なことを忘れさせるような気がした。
「どうだ?ここの飯美味いだろ」
「飯屋と言うかバーなんだな。クロウらしいけど」
カウンターに7席とテーブルが幾つか。クロウの言った美味い飯屋とは新しく出来たバーだった。
バーテンダーでもある店主は以前名のある店のシェフをしていたとかで、つまみではなくメインになりうる料理も提供しているらしい。
カウンターにはドリンクだけの客が多いが、テーブルは食事目的の客が多かった。
「おっそうだフィッシュフライ頼もうぜ!ここの美味いんだよ〜。お前フィッシュバーガー好きだもんな」
「あれは……いや、何でもない」
食い気味に言いそうになって、途中でやめて咳払いをひとつ。キョトンとしたクロウがなんだよなんだよ、気になるだろ〜なんて茶化してくるからより一層言いたくなくなる。
「……フィッシュバーガーは確かに好きだけど、それは思い入れがあるからで」
「思い入れ?」
「……クロウが、作ってくれただろ」
クロウが相変わらずわからないと言う顔をした。他にも作ったことあるじゃんなんて言うけど、そう言うことじゃない。
「フィッシュバーガーはクロウのルーツだろ。それを作ってくれたのが嬉しかったんだ」
なんでわからないんだ、と言えばクロウが目の前であんぐりと口を開けたまま止まった。
「……クロウ?どうしたんだ?」
「お前って本当、そういうとこ」
「え?」
「困るくらい変わんねぇなぁ」
「クロウ??」
テーブルに肘を着いて髪をくしゃっと掴み、おかしそうにクツクツと喉をならして笑う。なんだかわからないがやたらと楽しそうなクロウに俺は首を傾げるばかりだった。


フォロワーさんのお誕生日に贈らせていただいたお話

2020/05/22 00:39




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