ひ と つ の 約 束


空と海の境目を光のように駆け抜ける。

押し寄せる空と海の青が、目に染みた。
どこまでも続く・・・青。
ひたすらに見つめ続ける。

青以外には何もない。
吸い込まれるような青に導かれ、その『果て』を目指す。

そこには一つの結い目があって。
それを解くことができれば・・・自由になれる。

あの日から、ずっとずっと。
・・・そう信じていた。



*


遠くの方から、名前を呼ぶ声がした。

「・・・バルフレア?」

訝しそうな声と共に、足音が近づいてくる。

「・・・なんだ、起きてるじゃない」
「・・・立ったまま寝るなんて芸当、ヴァンでもなきゃ出来ないだろ」
「だってさっきから何度も呼んでるのに・・・」

返事しないんだもの・・・と、彩は文句を言いながら傍らに立った。

「・・・どうしたの?」

欄干に身を預けたまま動こうとしない俺を、不思議そうな顔をして覗き込む。

「何か見えた?」

ずっと遠くを見つめていたからか、そんなふうに聞かれた。

「・・・何も」
「その割に随分と熱心に見てたようだけど」

笑いを含んだ口調で言って、彩は欄干に手をつく。
よっと掛け声を掛け、身軽に細い手摺の上に腰を下ろした。

「綺麗なお姉さんでも、いた?」
「・・・馬鹿言え」
「冗談だよ」

そうして互いに黙り込む。
しばらくすると彩がぽつりと呟いた。

「・・・空って」

聞き取りにくい小さな声に耳を傾ける。

「空ってさ、どこまで続いてるのかな」
「・・・さぁな」

素気なく答えると、何がおかしかったのか横でくすりと笑いが零れた。

「でもそんなこと考えてたんじゃないの?」

思わず言葉に詰まる。
そんな俺を見て、彩は満足そうに笑んだ。

「正解?」
「・・・半分くらいはな」

やっぱりね、と再び視線を前に戻す。

「バルフレアが空賊になったのは、そのため?」
「・・・・」

返事をしない俺を、どう受け取ったのか。

「私も行ってみたいなぁ・・・空の果て」

そう言って、目を細めて空の遠くを見つめる。

「何が・・・あるんだろ」
「・・・何も無いだろ」
「何も無くても・・・行けば何か見つかるよ」

虚ろな声だ。
しかしその言葉はストンと俺の心に落ちて、波紋を広げた。
彩は目を細めて、話を続ける。

「前にバルフレア、言ってたよね」
「・・・何を?」
「『シュトラールに行けない場所はない』」
「・・・よく覚えてるな」
「覚えてるよ。
 だって大砂海・・・ヤクト・エンサのど真ん中で言ってたじゃない?」

くすくすとおかしそうに肩を揺らす。

「その時は思わず笑っちゃったけど」
「・・・今も笑ってるだろうが」

呆れ気味に言うと、彩はちろりと舌を出して肩を竦めた。
けれど懲りた様子もなく笑みを浮かべたまま・・・夢見るように呟く。

「本当なら、行けるよね・・・空の果てまで」
「・・・あんまり笑うようなら、連れてってやらん」

俺の返事に彩は笑いを引っ込めた。
神妙な顔つきを見て、俺は満足する。

「まぁ、そのうち・・・だな。それまで待ってろ」
「・・・うん」

二人は黙って空を眺め続けた。
変わらぬ青を・・・いつか叶える約束を胸に、いつまでも見つめていた。


ひとつの約束
ふたりを結ぶ



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