ぬ か る み


「うえぇ・・・しんどい」
「だから言っただろ、ギーザの雨季は半端ないって」
「・・・なんで偉そうなの、ヴァン」

ふふんと自慢げに鼻を鳴らして応えるヴァンに、彩は冷たい視線を送った。

ヴァンだけでなく、バルフレアからもギーザ草原の雨季については聞いていたが。
・・・確かに辛い。
暑さだけでも体力は奪われるというのに、雨のせいで体は重いし、足場も悪い。

「確かに雨季のギーザは危険なの。
 出てくるモンスターも乾季より強いし。
 でもね、この雨は乾いた大地に潤いをもたらしてくれるのよ」

パンネロが文句を言いながら歩く彩に、優しく教える。
彼女の言葉に彩は素直に頷いた。

「確かに・・・砂漠だもんね。
 定期的に雨が降らなきゃ、ラバナスタもここまで発展しなかったろうな」

だからって何が楽になるわけでもないけど・・・と溢す彩に、パンネロは苦笑するしかなかった。

「あと少しだから頑張ろう?」
「・・・ん」

よいしょと背中に背負った荷物を揺すり上げ、彩は黙々と歩き出した。
すると後ろから声が掛かる。

「サイ、大分へばってるな」
「・・・バルフレア」

返事をするのも面倒そうだ。

「雨は好きなんじゃなかったのか?」
「・・・今は楽しむ余裕がない」
「相当きてるな」
「・・・歩きにくいんだもの」

足元に目を落とす。
靴は既に泥まみれだった。
足がぬかるみに沈むたび、気持ちも沈む。
持ち上げるのが億劫だ。

しんどそうに歩く彩を、バルフレアが意地悪そうに見やる。

「荷物持ってやろうか?」
「・・・いいよ」

自分のことは自分で。
その性格を分かってるくせに、わざわざそう聞いてくるバルフレアを彩は恨めしげに睨んだ。
そんな視線もどこ吹く風、バルフレアは彩の荷物に手をかける。

「遠慮するなって」
「・・・いいってば。余計な体力を・・・」

使わせないで・・・と言いながら、荷物からバルフレアの手を振り払う。
その途端バランスを崩した。
ぬかるみに足を取られ、彩が異様なまでにゆっくりとその場に・・・コケる。
・・・驚くバルフレアの顔が妙に間延びして見えた。

彩が無様に地面にはいつくばって、動かないでいると。
・・・頭上で大爆笑。

「だっ・・・大丈夫・・・っか?」
「・・・笑いながら言わないで」

うんざりしたような彩の口調であった。
バルフレアは口元を手で隠しながら、空いた手を彩に差し出す。
彩は黙ってその手を掴んだ。
起き上がると見せかけて、掴んだ手を力一杯引っ張る。

「・・・残念だったな。お見通しだ」
「・・・ちぇっ」

一緒に地面に転がしてやろうかと思ったのだが、バルフレアの腕はびくともしなかった。
今度こそ手に掴まって起き上がる。

「・・・あーあ、泥まみれ」
「肌にいいんじゃないか?」
「ここの土って肥沃なの?」
「さてな」
「適当なこと言うなよ」

むすっとしたまま、顔に跳ねた泥をこすって落とそうとする。
しかしこすった手が泥まみれだったので、更にひどくなっただけであった。
それを見て、バルフレアがまた笑う。

(・・・珍しい)

いつも仏頂面か、笑っても厭味たらしいというか・・・。
そんなバルフレアがここまで自然体で笑っているのを、彩は意外な気持ちで見つめた。

・・・少しだけ心と体が軽くなった気がした。

彩があまりにじっと見ているのでバルフレアは笑いを引っ込め、いつものように眉をひそめる。

「どうした?」
「・・・なんでもなぁい」

にっと目を細めて、彩は笑い返す。

「・・・嫌らしい笑い方だな。何を企んでる?」
「何も?」

そう言いながらも楽しそうだ。
さっきまであんなにダルそうだったのに・・・大層な変わりよう。

「まぁ、なんでもいいが・・・もう転ぶなよ」
「はぁい」

にこにこと笑みを浮かべる彩。
ふと思いついた顔をして、少し身を屈めた。

「サイ?」

バルフレアが振り返る。
見れば数歩後ろで、彩がサンダルを脱ぎ捨てていた。

「お前・・・何やってるんだ?」
「だって、これだけ泥まみれなんだから。意味ないじゃん」

脱いだサンダルを荷物にくくり付け、彩はあっけらかんと言ってのける。
そうして一歩、足を踏み出した。
・・・白い足がぬかるみに沈む。

「冷たくて、気持ちいい」

そう言って、バルフレアの元まで追いついた。
跳ねた泥が形のいいふくらはぎに点々と跡を残す。

「・・・バルフレア?」

我知らずつい見惚れていると、彩が不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
気まずくなって目線を逸らし、バルフレアは忠告する。

「お前・・・今はいいけどな。乾いたら、最悪だぞ」
「カピカピ?」
「わかってるのに、よくやる・・・」
「オズモーネに出たら、適当にどこかで洗い流すよ。
 川くらい流れてるでしょ」
「そんなにすぐ見つかるか」
「・・・それまでは、我慢する」

少しだけ後悔の色を見せるが、すぐに笑顔で消された。
楽しそうに足元を見ながら、彩が歩く。
足の裏に感じる泥の感触を楽しむかのように、ひょこひょこと変な歩き方をしている。

「・・・そんな歩き方してたら、転ぶぞ?」
「平気・・・っていうか、転んだって変わらないよ。既に泥まみれ」
「・・・確かに」

呆れたように笑うバルフレア。
楽しそうに笑う彩。

二人並んで道を歩く。
雲の隙間から零れた太陽の光で、ぬかるみがきらきらと輝いていた。


ぬかるみ
光を受けて、輝いて



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