喧嘩のあと


渾身の力で何回も何回も、数えきれないくらいに刀を振るって。
振るって振るって振るいまくって、カレンはその場に崩れ落ちた。
刀を支えにするでもなく受け身を取るでもなく、盛大に膝をついて、強かな衝撃が膝から全身を伝わる。

「おいっ・・・大丈夫、か・・・?」

相当酷い音がしたんだろう。
同じく息を切らした新八が、途切れ途切れに訊ねてきた。
崩れ落ちるカレンに手を差し伸べる余裕はない。
何せ彼女の剣をひたすら受けて、彼も疲労困憊だ。

新八もカレンに負けず劣らず盛大に腰を下ろし、強かな衝撃が腰から上半身を伝わり・・・二人は暫く黙りこくって息を整えるに専念した。
道場に荒い呼吸音だけが響き、それが消えると今度はズルズルと床を這う音。

「・・・水」
「・・・俺も」

地を這う亡霊のような二人である。
そこに現れた救いの手。

道場の扉がガラリと開き、水差しを持った平助が入って来た。
呆れた口調が新八とカレンに降り注ぐ。

「全く・・・カレンも新八っつぁんも、限度ってもんがあるだろ・・・?」
「平君・・・仏様に見える。お水ちょうだい」
「ああ、後光が差してる。水寄越せ」
「・・・はいはい、分かったよ」

感謝の気持ちよりも明らかに水の要求が色濃い台詞が引っ掛かりつつも、平助はカレンに水差しを手渡した。
ゴクゴクと勢いよく水をがぶ飲みするカレン。
新八が唾を飛ばして文句を言う。

「おいっ平助!俺にも!」
「新八っつぁんはカレンの後!」
「・・・ごめん、新八君。全部飲んじゃった」
「おおい!?」

新八の情けない声が道場に木霊する。
そうして結局、三人揃って井戸端へ向かうことになった。


*


水を飲んで人心地ついた新八とカレン、そして平助は手近な縁側に並んで腰を下ろす。

「はー、気分爽快。なんか色んなものが吹っ切れた感じ」
「・・・おい、カレン。
 今日の飲み、お前のおごりってことまで頭から吹っ飛んでねえよな」
「ないない、覚えてるって」

カラカラ笑うカレンを見て、新八はほっと胸を撫で下ろす。

「平君も一緒に行こうね」
「・・・いいのか?俺、何にもしてないぞ?」
「水持ってきてくれたでしょ」

さらっと言われ、平助は口ごもり・・・にこにこ笑っているカレンを見て、そのまま流された。
はにかみながら指先で頬を掻き、表向き渋々、内心浮き浮きで呟く。

「カレンがそう言うなら、行くかなあ・・・」
「おい、平助。手前は自分の分、自分で出せよ。
 俺の報酬分が減る・・・いってえ!?」
「ケチくさいこと言わないの、新八君。
 ちゃんと二人分、おごるって」

新八の足の甲を踏みつけにしながら、カレンは言う。

そうだ、今回の稽古の一件はそもそもカレンの方から持ち掛けたのだから。
ひたすら剣を受けてくれた新八には勿論、心配そうな顔をして見ててくれた平助にだって当然感謝している。

「さあて、と。私はちょっとヤボ用済ませてから行く。
 二人は先行って、飲んでていいよ」
「えっ?おい、カレン!ちょっと待・・・!」
「いつものお店ね!」

平助が慌てて引き留めようとするが、カレンは聞く耳持たずさっさとその場を立ち去った。
・・・まるで何かから逃げるみたいに。

するとカレンを見送る二人に、別の声が掛かった。

「新八、平助、ここに居たのか」
「おう、左之。巡察お疲れさん」

隊服を着たままの左之助が、こちらに向かって歩いてくる。
平助が彼に向かって手を振った。

「カレンなら、向こう行った」
「・・・ありがとよ」
「先に行って飲んでるからな、カレン連れて来いよ!」
「あー分かった分かった」

新八の台詞におなざりに返事をして、左之助は平助の指差した方向へ去って行った。
左之助の後姿を見送り、新八がよいせと縁側から立ち上がる。

「おっし、そんじゃまあ先に飲み行ってるか」
「待ってなくていいのか?
 長引いて、来なかったことあるじゃん・・・」
「大丈夫だ、今日のカレンの剣は凄まじく重かった。
 あれだけやれば、相当落ち着いてるはずだ。そう長くかからねえよ」

剣の重さでそんなことを判断できるくらいに、経験を積んだ新八であった。

遠くの方で何やら騒がしい物音が聞こえてくる。
だが、確かにいつもより大人しい。
時には枝の折れる音、時には副長の叱責まで・・・それに比べれば、今日の物音はかわいいものだ。

平助も溜息を付きつつ、腰を上げた。

「本当、いつも通りだよな。左之さんとカレン」
「だなぁ・・・喧嘩する度、カレンが俺のところ来て、しこたま八つ当たりして、左之が探しに来るっと」
「最近じゃカレン、左之さん来る前に逃げちまうし」
「・・・って言うかな、俺のとこに来る前に仲直りしろってんだ・・・」

結構疲れんだぞ、あいつの相手・・・と愚痴る新八だが、何故だか平助は楽しそうだ。
がっしゃーん、と何かが粉々に砕ける音を聞き流しつつ、歩き出す二人。

平助は頭の後ろで腕を組み、喧嘩している二人を想像してつい笑ってしまう。

「俺は嬉しいなあ。
 喧嘩する度、カレンは俺達の所来るじゃん。
 何か頼りにされてるって感じで、いいよな」
「・・・まあな、困り顔の左之も見れるしな」

ししっと新八も笑う。
今日はどれくらいで二人が合流するか・・・新八と平助はそんなこと賭けながら、屯所を後にした。


喧嘩のあと
拗ねた君を探して



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