信 じ て る
障子の隙間から射しこむ陽射しが眩しくて、カレンはうっすら目を開けた。
ぼんやりした頭で、ああもう夕刻か・・・と考える。
今日は新八と外に飲みに行く約束だった、そろそろお腹を空かせた彼が部屋に乗り込んでくるだろう。
(起きよう・・・)
むくりと体を起こし、伸びと欠伸。
軽く身支度を整えて部屋を出ようと、障子に手を掛ける。
「・・・あれ?」
障子の向こうに一つの影があった。
大きさからして新八である。
(珍しいな)
いつもだったら遠慮の欠片も無しに部屋に入ってくるのに。
お腹でも壊したんだろうか、それとも彼も居眠りしてるんだろうか・・・?
カラリと障子を開けたその先にいたのは、やっぱり新八だった。
縁側に座りこんで、身動き一つしない。
(やっぱり待ちくたびれて、寝てるのかな?)
そうっと後ろから近づいてみる。
「・・・新八君?」
「・・・あ?何だ?」
返事があった、起きていた。
だがおかしい。
何がおかしいかって、まず元気が無い。
寝惚けているのとも違う、呆けっとした声。
いやそもそも彼が物思いに耽るなんて根本的におかしい。
不思議に思って、カレンは訊ねる。
「どうしたの?」
「何が?」
「元気ない」
「・・・んなことねぇよ」
「あるよ、明らかにいつもと違う。どうしたの?」
新八の答えをハナから却下。
彼の背後に仁王立ちして、カレンはもう一度訊ねた。
しばらくの間があって、新八が口を開く。
「・・・別になんでもねえって」
「じゃあここで何してるの?」
「・・・待ってんだよ」
カレンは首を傾げる。
眠りこけていた自分を待っていた、とは少し違うような口調だ。
(ってことは、)
答えの意味が分かって、カレンは溜息をつく。
新八に気づかれぬよう、静かに深く。
掛ける言葉が出て来なかった。
お気楽に安請け合いなんてできる空気じゃなかった。
でもこんなの新八らしくない。
たまにはこんな彼も・・・なんて、そんな気持ちは欠片も湧いてこない。
カレンにとっての新八は、元気で笑顔で馬鹿一杯で・・・暑っ苦しいくらい熱い男。
カレンが黙っていたら、新八の方が喋り出した。
けれど話し掛けると言うわけではなく、どちらかと言えば独り言に近い。
「ったく、あの馬鹿・・・どこで道草食ってやがる」
新八の台詞に背を向けて、カレンはすとんと腰を下ろした。
触れるか触れないか、そんな距離の背中合わせ。
いつもあったかい背中が今は少しだけ冷めてる気がする。
「・・・ひとっ走り、様子見て来ようか?」
新八の背中が揺れた。
手に取って分かるような動揺っぷりで、新八の頑丈な体がカレンの腰骨にごつりと当たった。
強かに痛い。
文句を堪えて、カレンは言う。
「君が望むなら、行ってくる」
それで新八が元気になるんなら、大したことじゃない。
カレンの足なら不可能じゃない。
さて、どんな答えが返ってくるだろう。
新八の返事を黙って待っていると、ぼそりと低い声がした。
「・・・行くな」
むすっとした、機嫌の悪そうな声。
「お前まで行くな」
「・・・分かった」
了承すると共に、カレンは気分を切り替えるため、勢いよく新八の背中に寄り掛かった。
寄り掛かった、では生優しい。圧し掛かった、の方が正しい。
「ぐっぇ・・・!」
新八が呻き声を上げるが、一向に意に介さない。
「じゃあ左之君が戻ってくるまで、この背中は私が守るか・・・いったあ!?」
新八の肘打ちが脇腹に入った。
「ばあか、お前じゃ務まらねえよ。身長差考えろ」
「確かに・・・頭部は守りきれないかも」
「いっちばん重要だろうが!」
「自慢の体は守ったげる」
「顔も自慢なんだよ!!!」
いつもの応酬が始まる。
でもそこに、笑って二人を止めてくれる左之助はいない。
口では勝てない新八が、先に根を上げた。
「だーっ!おらっもう飲み行くぞ!」
彼が突如立ち上がったため、カレンは背もたれをなくし、見事に縁側から転げ落ちる。
それを見て、腹を抱え笑う新八。
剥れて新八の脛に蹴りを入れるカレン。
・・・左之助が居たならば、きっと新八を窘めながらカレンを助け起こすのだろう。
脛の痛みに身を屈めた新八は、つと顔が近くなったカレンと目が合い、苦笑する。
「・・・行くか」
「・・・うん」
カレンも小さく微笑んだ。
新八もカレンも物足りなさを寂しく感じながら、それでもこれが自分達らしいと思った。
ぼんやり待っているのは性に合わない。
左之助だって、きっとそうだ。
しょんぼり女々しく新八が帰りを待っていたりなんかしたら、拳で殴るに違いない。
カレンが新八に向かって手を伸ばすと、新八はそれを掴んでぐいっと引っ張り上げる。
門戸をくぐり、橙色の光に目を細め、二人は夕日に背を向けて歩き出した。
飲み屋までの道すがら、今日はどちらの驕りか言い合いながら。
信じてる
すぐに会えるって
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