紫 雲 に 揺 蕩 う


縁側で縫物をしていたカレンは、翳る陽射しに顔を上げた。

「左之君か。お出掛け?」
「ああ、天気いいから散歩にな。・・・カレンも息抜きにどうだ?」

誘われてカレンは首を傾げる。

「うーん・・・どうしよう・・・」
「何だ、そんなに急ぎの仕事か?」
「まさか、新八君の羽織りだよ」
「ならいいじゃねえか。あいつは袴に穴開いてたって、気にしねえよ」
「それが困るんだって・・・放っておくと広がっちゃうんだから」

ぶつぶつ文句を言うカレン。
全く繕う身にもなって欲しい・・・と、話が脱線した。

縫物と左之助を交互に見やる。
しばらく考えた後、針をしまうことにした。

「じゃあ行こうかな」

カレンの返事に左之助は嬉しそうに笑うと、ひょいと彼女に手を差し出す。
大きな手の平に掴まって、カレンはよいしょと腰を上げた。

「ついでに買い物付き合って?」
「・・・それが目当てか」

カレンの体を引っ張りながら、左之助は苦笑する。
誘いに乗ってくれたのは嬉しいが、やれやれ、彼女の頭から家事と言う名の『仕事』の二文字を消すのは無理だった。

まっすぐに立ち上がったカレンは、そんな左之助を見上げて悪戯っぽく笑う。

「まさか。左之君との散歩が一番目的」
「・・・嬉しい事言ってくれるな」
「本当だって。信じてないな、その顔は」
「信じてるさ、お前の言うことなら」

昼下がり、あたたかな陽射しのもと。
手を繋いで散歩に出掛けた。


*


手を引かれて、カレンは後をついていく。

「左之君、どこ行くの?」
「特に当てもねえけど・・・そうだな、裏の畑をぐるっと回っていくか」

さわさわと吹く風に目を細めて、左之助は行き先を決める。
確か今は・・・と思う間もなく、カレンが歓声を上げた。

声が吸い込まれた先に広がるは、紫の海。
・・・風に揺れさざめく、一面の蓮華畑だった。

「うわ、満開・・・!」
「・・・だな」
「ついこの間、若芽摘みに来たばっかりなのになあ」
「ああ、美味かった。おひたしに味噌汁に・・・」
「酒のつまみにってね」

カレンが言うと、左之助は照れくさそうに鼻先を掻く。

「いいだろ、別に。美味いもんは美味いんだから」
「はいはいっと」

おどけたように流して、カレンは畑に足を踏み入れた。
足先が花に埋もれ、何だかくすぐったい。

「春だねぇ・・・」
「少し摘んでくか?」
「・・・うん?じゃあ花冠でも作って・・・新八君にお土産」
「・・・お前、そういう発想は総司そっくりだぞ」
「嫌だな、傷つくじゃないか」

くすくす笑いながら、カレンは花畑に屈みこむ。
左之助も横に腰を下ろした。

ぶんぶん飛ぶ蜜蜂の羽音が、耳に心地いい。

働き蜂の邪魔にならないよう蓮華草を選んでは摘み、編んでいく。
初めは単なる手すさびだったのに、次第に熱が入ってきた。
冠の長さが首飾りの長さになる頃、カレンはようやく顔を上げる。

「・・・あれ、左之君・・・」

寝ている。
胡坐を掻き腕組みした体勢で、左之助は目を閉じていた。
起こさないようにそうっと寝顔を盗み見る。

(・・・綺麗な顔だなあ)

幹部の面々は皆それぞれ整った顔立ちだけれど、中でもトシ君と左之君はとりわけ美人と思っているカレンだ。
歳三は仏頂面ばかりだが、左之助はよく笑うから。

「似合うと思うんだよね・・・」

こそっと呟いて、作ったばかりの花飾りを脇に置く。
代わりに形のいい蓮華草を数本摘んで、左之助の髪に・・・

「何が似合うって?」

赤毛に触れる前に、がっしり手首を掴まれてしまった。
カレンは詰まらなさそうに唇を尖らせる。

「・・・狸寝入りだ」
「丁度目が覚めたんだよ」

カレンの手から花を取り上げ、彼女の耳元にひょいと挿してやる。

「お前の方が似合うだろ・・・っと」

左之助が手を離すと、蓮華草が髪からほろりと零れた。
膝に落ちてきた花を摘んで、カレンは指先でくるくる回す。

「左之君、不器用〜」
「何だと・・・待て、もう一回貸してみろって」
「やーだよぅ」
「この・・・」

仕方なく左之助は自分で花を摘んで、もう一度カレンの髪に手を伸ばす。

「カレン、動くな・・・!」
「だって耳元でこそばゆいんだもの・・・」
「また落ちちまうだろうが・・・」

小さな頭を手の平に収めて固定するが、それでも小刻みに震えている。

「ほら、今度こそ、」

と言った瞬間、再び零れ落ちる蓮華草。
カレンが溜まらず吹き出した。
口元を押さえ、体を丸め・・・地面に伏せる。

「・・・っ、左之君てば・・・不器用過ぎ・・・!」
「・・・そう笑うな」

あんまり笑っては失礼だと思うものの、カレンはなかなか笑いを抑えられない。
息を止めてみたら涙が出て来て、それがまたおかしい。

一方、引き付けを起こしたようなカレンを見て、左之助は流石に心配になってきた。

「おい、カレン・・・大丈夫か?」
「大丈夫・・・ですっ・・・!」
「・・・どこがだ」

普段滅多に使わない敬語が出ている。
のたうち回って露わになった彼女の耳を引っ張ると、ようやくカレンは呼吸を整え始めた。

「ごめんごめん・・・」
「別にいいんだが・・・ほら、涙出てるぞ」

目尻を拭ってもらったカレンは大きく息を吐き出して、丸めていた体を伸ばす。
仰向けになって左之助の顔を見上げた。

「はー・・・楽しかった」
「笑い過ぎだ・・・」
「・・・拗ねてる?」
「ねえよ」

カレンの心配げな表情に、左之助は笑う。

むしろ幸せな気分だった。
揺れる蓮華草に囲まれ、目一杯に笑う彼女が見れて。

槍と刀を握り慣れた武骨な手で、今度こそカレンの髪に花を飾る。

カレンはと言うと、不器用な手つきにまた笑いがこみ上げてきたのだが、体を揺らしたら折角挿すのに成功した花飾りが落ちてしまう。
全身の筋肉を強張らせ、必死になってどうにか堪えた。

それでもやっぱりおかしくて。
楽しくて。
・・・嬉しい。

「・・・ありがと」
「・・・そりゃ俺の台詞だ」
「・・・?何で左之君がお礼?」

返事の意味が分からず、カレンはきょとんと左之助を見つめる。

そんな彼女が可愛くて、おかしくて。
愛しさが溢れて。
・・・幸せが満ちていく。

「さあて・・・なんでだろうな?」

左之助は楽しげに答えをはぐらかす。
まあいっかと、カレンもつられて頬を緩める。

春の海で、笑顔重ねて。


紫雲に揺蕩う
ありがとう
ささやかでたしかなしあわせ




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