天気予報は晴れのち雨。
でも窓から見える空は真っ青で、朝日も眩しくて、本当に雨なんて降るのかしら?
そう疑いつつも傘を持って家を出たわたしは、勝ち組です。

週番の仕事を終えて、人気の少ない放課後の廊下を歩きながら、にんまり笑顔。
廂からパタパタと落ちる雨の音が、わたしの小さな勝利を祝っています。

なぁんてくだらないことを考えながら下駄箱に着いた名前は、玄関に人影を見つけた。
しょんぼりと肩を落として、所在なさげに空を見上げている。

「たーちーばーなーくん!」

後ろから声を掛けると、大きな人影が弾かれたように名前の方を振り返った。
どうやらものすごく驚かせてしまったみたい。
ごめんなさい、でも好きな人に会えたら、声が弾んでしまうのは仕方ないでしょう。

「名字さんかぁ・・・!驚いた・・・!」
「あははっ、びっくりさせちゃってごめんね。お詫びにこれ使う?」

笑いながら、名前は鞄から折りたたみ傘を取り出す。
うん、とても自然な流れで、傘を差し出すことができました。
心の中でハナマルを描く名前だけれど、真琴はというと名前の手にある傘を見て、目を丸くしている。

「えっと、でも名字さんの傘、だよね。俺が使うわけには・・・」
「大丈夫、ちゃんと普通の傘も持ってるから」

鞄を脇に挟んで、傘立てから自分の傘を引っ張り出す。
両手に傘、の名前を見て、真琴がへにゃんと眉尻を下げた。

(あっ、笑った・・・!)

真琴の笑顔に心が奪われる。

「えっと、それじゃあ・・・お言葉に甘えて、借りてもいいかな?」
「うん、もちろん」

そうして二人は、そのまま一緒に帰り道をたどった。


*


傘のお礼にもらったチョコレートを、ぽいっと口に放りこむ。
好きな人からのチョコは、特別に甘くておいしい。

「橘くんて、チョコレート好きなの?」

名前のどんぐり眼が、真琴をじぃっと見上げている。
傘と身長差があるから至近距離じゃないんだけど、そうまっすぐに見つめられると照れてしまう。
真琴は困ってしまって、目線を名前から空へ、空から名前へと行ったり来たり泳がせる。
傘に落ちる雨音が、パタパタと真琴の心を落ち着かなくさせる。

「うん、好きだけど・・・あれ、そんなに意外かな?」
「だって前に好きな食べ物聞いたら、グリーンカレーって教えてくれた」

俺の好きなもの、覚えててくれたんだ。
些細なことが嬉しくて、なんだか心がむず痒い。
だけどそんな真琴とは打って変わって、名前は不服そうに頬を膨らませている。

「もう、そういうことはもっと早く教えてほしかったな」
「え、なんで?」
「なんでって・・・」

真琴が何気なく訊ねると、名前はまだチョコレートが残っている口をもごもごと動かし、ぷいっと顔をそむけてしまった。

「な、なんとなく!」

好きな人のことは、些細なことでも知っておきたいんです、なんて、まさか言えません。
なんだかくやししいから、今度わたしのお気に入りのチョコレートをプレゼントしちゃおう。

「名字さんも」
「ん?」
「名字さんも、チョコレート好き、だよね」
「わたし?わたしは普通かな?」
「えっ!?そうなの!?」

真琴の反応に、名前は首を傾げる。
わたし、チョコレートが好きだなんて、橘くんに話したことあったかな?
お菓子は好きだから、チョコとか飴とか常に持ち歩いてるけれど。
不思議に思う名前の隣で、真琴は真琴で名前の答えにぽかんと口を開けている。

「そっか・・・そうなんだ、普通、かぁ・・・」
「んん?橘くん、いったいそれはどういうことかな?
 わたし、チョコレートが好きって、橘くんに言ったことあったかな?」

名前の質問に、真琴は我に返る。
しまった!というように一気に顔が青ざめると、今度は頬と耳が徐々に赤く染まっていく。

「えーっと、それは・・・俺の勘違い、かな」
「勘違い?」
「その・・・名字さん、チョコレートいつも持ち歩いてるよね・・・?」

チョコレートをいつも持ち歩いているのは橘くんの方じゃないのかな、と心の中でツッコミしつつも、名前は真琴の質問に答える。

「お菓子はいつも持ち歩いてるけど、チョコに限らないかな?
 でも橘くん、わたしがチョコ、っていうかお菓子持ち歩いてるの、何で知ってるの?」
「そ、それは・・・」

真琴は長いこと口を開けたり閉じたり、忙しそうにしていたけれど、二人の通学路の分かれ道に差し掛かったところで、足を止めて、恥ずかしそうに話し出した。
それはとても小さな声で、耳を澄ませていないと雨音に紛れてしまいそうなくらい。

「俺、ずっと前に・・・名字さんにチョコレートもらったこと、あるんだ」
「・・・わたしに?」
「うん。あっ、でも小学校の時のことだし、その時はクラスも違ったんだ。
 名字さんが覚えてないのも仕方ないから、全然気にしなくていいんだけど・・・!」
「ごめんなさい、全然覚えて、ない、です」

真琴の話が衝撃的すぎて、名前はカタコトのように喋る。
そんな名前の様子が愛らしくて、真琴は緊張の糸を緩めた。
懐かしい思い出を、名前にゆっくり話す。

「小3の遠足だったかなあ。
 ハルが一人でどこか行っちゃって、それを探してたら俺もクラスのみんなとはぐれちゃって。
 別のクラスのところをウロウロしてたら、名字さんがね『これ、あげる』って」
「覚えてない、けどわたし、そういうことしそう・・・」
「うん、迷ってる俺がすごく不安そうな顔してたんだと思う。
 俺が『いいの?』って聞いたら、『いつもいっぱい持ち歩いてるから、気にしないでいいよ』って」
「はは・・・確かに小学校の頃も、お菓子はこっそりポケットやランドセルに忍ばせてました・・・」
「そうなんだ?っと、それでね、その時もらったチョコレートがすごくおいしくて。
 それまでも普通に好きだったけど、あれ以来、チョコがもっと好きになったんだ」

照れくさそうに、これ以上ないってくらいにへにゃんと眉尻を下げて、真琴は告白する。
名前の一番大好きな、彼の表情。
いつもだったら見惚れちゃうんだけど、今はそんな余裕どこにもなかった。
真琴の「もっと好きになったんだ」ていう部分だけが、耳の奥でリフレインしてしまって。
違う違う、橘くんが好きと言ったのはチョコレート・・・!
そう分かってても、真琴の口から「好き」の一言が聞けて、わたしの耳は今幸せで死んでしまいそうです。
一人あわあわと会話を繋げる名前。

「そんな好きになっちゃうなんて・・・わ、わたし、どこのメーカーのチョコあげたんだろ・・・?」
「あはは、それは俺も覚えてない。でも感動的に美味かったんだよね、あの時のチョコレート」

君からもらったチョコレートは、本当に魔法みたいに美味しくて、ハルが見つからない不安が軽くなったのを覚えてる。
あれほど美味しいチョコには、あの日以来出会えてない。

「だから名字さんもチョコが好きで、持ち歩いてるのかと思ってた」
「ううっ・・・ごめんなさい、わたしはチョコに限らず、お菓子全般が好きなのです・・・」
「わあっ、名字さんが謝る必要なんて、別にないからね!?俺が勘違いしてただけだから!ね?」

真琴の言葉もそっちのけで、名前はがっくりとうなだれる。
なんでわたし、その時のこと覚えてないんだろう。
せっかく橘くんと二人で、共有できる思い出なのに。

「えっと、名字さん、本当に気にしないでね。
 俺が勝手に覚えてて、その、なんとなく忘れられなかっただけだから」
「・・・うん、でも」
「いいから、いいから。ほら、俺がグリーンカレー好きってことは覚えててくれたし」
「それはそうだけど・・・」
「それよりも俺の話、雨の中聞いてくれてありがとう。
 傘も本当に助かったよ。明日、名字さんのクラスまで返しにいくから」

これ以上ここに居たら、体が冷えて風邪を引いてしまう。
真琴は水泳部で鍛えているから大丈夫だろうが、名前が心配だ。
じゃあ、と傘持った手を軽くあげる真琴。
そんな別れの仕草をされては、名前も立ち止まってるわけにもいかない。

「うん、じゃあ・・・また明日」

目一杯の笑顔で、名前も手を振り返した。
さようならした後は、背中に意識が集中してしまう。
まだ手を振っているだろうか、もう背を向けて歩き出してしまってるだろうか。
そっと後ろを振り返ったら、名前の水玉の折りたたみ傘を差してる真琴の後ろ姿が見えた。

(あの折りたたみ傘、明日返ってきたら宝物だね)

明日からは毎日チョコレート持ち歩こうかな?
そうだ、傘を返しに来てくれた時に、お気に入りのチョコをおすそわけしよう。
もしかしたらそれが、前にわたしがあげたっていうチョコレートかもしれない。
・・・でも今のわたしのオススメはグミなんだよね。

一人になっても、真琴との会話がぐるぐると頭の中で渦巻いた。
いつの間にか家の前に到着していて、ずっと差してた傘を閉じて、やっと気がついた。


「あ、雨やんでる」


いつから止んでたんだろう。
橘くんのことで頭がいっぱいで、全然気がつかなかった。
うーん、恋ってすごい。

遠くの方に青空が見える。
明日は晴れかな。雨でもいいよ。
晴れでも雨でも、あなたのことを考えてる。


どんな天気でも、明日もあなたのことを思うでしょう
あの日から、そしてこれからも、ずっと君のことが好きでしょう




奥華子さんの「恋の天気予報」を聞きながら^ ^
真琴くんも夢主のことが好きっていう設定なんですが・・・わかりにくい(ガクリ)
夏野ちゃんへ!
(20150104 鈴星)



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