花 を あ げ る


体育館脇にある階段に座り込んで、宮地はぼんやりと目の前の景色を眺めていた。
階段半ばの踊り場に腰を掛けているから、ちょうど目の前に満開の桜の花が映っている。
今は3月下旬で、だいたい七分咲きというところだ。
例年よりも開花が早いと、朝のニュースでやっていた。

ハラハラと舞い落ちる薄紅の花びらが、風にのって、時折宮地が座っているところまで飛んでくる。

(・・・卒業か)

宮地が、ではない。
去年の4月に秀徳に入学した彼は、まだあと2年間、この学び舎の世話になる。
卒業するのは、当然ながら3年の先輩達だ。

明日が卒業式。

だからあの人に会えるのは、明日が最後。
いや、会えるとしても卒業式の時に、ちらっと姿を見かけるくらいだろう。
言葉を交わす時間なんて、きっとない。

(ま、いーけどよ)

こんなふうにもやもやした思いも、明日が終われば消えてしまうに違いない。
そう考えれば、早く明日が終わってくれとさえ思う。
・・・思う、のに。

「ああっ、くそっ・・・」

苛立ちを抑え込もうと、拳を作って自らの額にゴンゴンと打ちつける。

「こらこら、何をしてるの?」

足元から声がして、宮地は拳を額に付けたまま動きを止めた。
幻聴か?とまずそう思った。
こんなに都合いいことがあるわけない。
あるわけないが・・・そろそろと手をどけて、声が聞こえてきた方を見てみる。

「・・・げぇっ」
「人を見て、その台詞?ひどいな」

ひどいな、という割に、あまり傷ついた様子のない口調である。
宮地はきまり悪げに目を逸らした。

「・・・すんません」
「大丈夫。宮地くんの口が悪いのは、キミの入学式の時から知ってる」
「・・・いい加減忘れやがれ」

ボソリと毒づいて立ち上がると、気だるげに階段を下りた。
内心は三段飛ばしくらいで駆け下りたい気持ちなのだが、そんな素振りは見せたくない。

会いたくて、話したくて、仕方なかった、なんて。

どうせ明日で終わりの思いなんだから、最後まで隠し通したい。
下まで降りて、彼女のすぐ目の前に立った。

「卒業おめでとっす」

そう言うと、目の前の彼女は軽く目を見開いた。
そして瞳をくるりと動かし、悪戯っぽく笑う。

「・・・懐かしいな」

噛み合わない会話に、眉を顰める宮地。
何が?と訊ねる前に、彼女が口を開いた。

「『入学おめでとう』」

その言葉に、宮地は思わず息を止める。
懐かしい、そしてずっと忘れられない『あの時』のことが、脳裏に甦る。
口をつぐむ宮地の態度をどう受け取ったのか分からないが、彼女は『あの時』を思い出すように、ゆっくり話した。

「わたしが、宮地くんに、言ったんだよね」

入学式の日。
生徒会役員だった彼女は、入学の資料が入った紙袋を、式会場の入口で新入生に手渡す係りで。
入学のリボンと一緒に、宮地はそれを受け取った。
既にその頃から背の高かった宮地を、体を反らせて、一生懸命見上げていた。

・・・今みたいに。

「ありがとう」

桜の花も顔負けの、笑顔を浮かべてたんだ。

不覚だった。
まさかの一目ボレってやつだった。

「・・・センパイ」
「ん?」
「オレの志望校」
「志望校?大学?」
「センパイと一緒のとこっす」

目を丸くする彼女。
そりゃあ驚くだろう。いきなりそんなこと言われてもって感じだ。
宮地も何を言えばいいか、自分が何を言ってるのか、分からなくなってしまった。

「だから・・・あー・・・」

なんて続ければいいだろう。
待っててください?追いつきます?・・・ストーカーかよ。
そうだ、これからもよろしく、でいいんじゃねえか?

やっといい言葉を見つけた宮地だったが、彼女の方が先回り。
嬉しそうに笑って、宮地が見つけた言葉を口にした。

「じゃあ、これからもよろしく、だね」
「・・・うす」
「あのね、宮地くん」
「・・・なんすか」
「耳貸して」

言われるままに腰をかがめて、彼女の身長に合わせる。


『好きです』


耳元で、今度こそ幻聴が聞こえた。
硬直する宮地から、彼女がさっと離れる。

「じゃあまたね」
「・・・えっ、あ、おい、待て・・・!」
「大学で待ってる」
「バカ・・・!そういうことじゃ・・・!」

身を翻し、駆け出す彼女。
彼女の髪に引っかかっていた桜の花びらが、ぱっと舞う。
不覚にも追いかけることができなかった宮地は、呆然と彼女を見送った。

(あのやろう・・・!)

言い逃げとはいい度胸だ。
ぜってえ明日掴まえて、それで・・・

花びらがふわふわと頼りなげに、足元に落ちた。

「あー、畜生・・・!返事くらいさせろってんだ・・・!」

唸り声を上げて、宮地は花びらを拾い上げる。
薄紅の、小さな儚いカケラを。


花をあげる
...未来の僕らへ



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