D a s h i n g A w a y # 0 1
愛用の腕時計をちらっと見て、藍は心の中で笑みを浮かべた。
なかなかの好タイム、試合にも充分間に合うし、今日はイイ感じだ。
肩の力を抜いて少し筋肉を緩める。
フォームを正し、進路確認。
正面の広い通りに出て左折すれば、目当ての高校まで一本道だ。
(ラストスパート・・・)
藍は大通りへ飛び出した。
*
「あーくそっ・・・あと少し・・・上り坂・・・!」
「上り切った後も、どうせお前が漕ぐことになるのだよ」
「次は絶対勝つっつーの!ってか、真ちゃん、また汁粉飲んでんの!?」
「悪いか?」
「悪かねぇけど・・・あー俺も喉乾いた・・・」
「やらんぞ」
「汁粉はいいよ!」
今日もジャンケン連敗中の高尾、緑間を乗せたリアカーを引いて、誠凛の練習試合会場の高校へと必死にチャリンコを漕ぐ。
あとはこの道をまっすぐ進むだけなのだが、地味にキツイ緩やかな上り坂。
次が最後の交差点だ、絶対今日こそ勝ってやる・・・!と決意も固く、高尾はペダルを踏み込んだ。
ちょうどその時だ。
細い道から黒い影が飛び出してきた。
「うわっ・・・!!!???」
「ひゃっ・・・!!!???」
急ブレーキを掛けるも、黒い影はリアカーに勢いよく突っ込み、車体が大きく揺れる。
高尾が慌てて振り返ると、一人の女子高生がリアカーの底に両手を突いた姿勢で停止していた。
「ちょ、大丈夫!?怪我ない!?」
「落ち着くのだよ、高尾」
「どうして真ちゃんはそんなに落ち着いてんの!?」
事故だって、これ、人身事故!
訴えられたら、試合出場停止だって有り得る・・・のに、緑間は相変わらず汁粉をすすっている。
助け起こすとかしたらどうなの、真ちゃん!と喚いていたら、その子がゆっくりと体を起こした。
「えーと、大丈夫、です」
手のひらを開いたり閉じたり、腕を振ったり、怪我を確認しつつ答える彼女。
「ホント?嘘言ってない?」
心配になって、上半身を捩じったまま、彼女の顔を覗き込む。
目が合うと、ニコ、と彼女の顔に笑みが浮かんだ。
高尾は人の感情を読むのが上手い。表情、仕草、間・・・小さなものでも器用に読み取る。
大丈夫、何の心配もいらないよ・・・今の彼女の表情はそう言ってる。
そして思った通りの台詞を彼女は口にした。
「嘘は言ってないです、走るのにも問題なし」
「大丈夫と言っているのだから、大丈夫なのだろう」
「真ちゃん・・・真ちゃんって良くも悪くも、人の言葉を真に受けるよね・・・」
ジト目で緑間を睨むと、高尾は気を取り直して彼女に言った。
「ま、いっか。それより乗ってく?」
「・・・はい?」
「キミ、誠凛さんっしょ。その制服、分かりやすいね」
「・・・???」
「俺達も今からバスケの練習試合見に行くの」
「・・・対戦高校の人?」
「いんや、真ちゃんがどうしても誠凛の試合見たいっていうからさ〜」
「気になるのは相手チームの外国人選手だと言っているのだよ」
「まったまた〜同中のアイツが気になってんでしょ」
試合会場まで送っていこうかと持ち掛けた話が、別の方向にズレていく。
軌道修正するかのように横から彼女が口を挟んだ。
「えっと、大丈夫です。走れます」
「遠慮しないでいいって。ほら、乗って乗って」
「・・・高尾、言うからには残りの道程はお前がずっと漕ぐのだよ」
「はあ!?そりゃないっしょ!?そもそもこのリアカーのせいで、彼女事故ったんだから。
真ちゃんにも責任あるでしょ〜」
わざとおどけて言い合いしてたら、彼女はふっと吹き出して頷いた。
「えーと、それじゃあお言葉に甘えて」
彼女が緑間の隣に座ってリアカーの淵を掴んだのを確認すると、高尾はよいせとペダルを踏んだ。
「じゃあ出発・・・っと!」
ギィ・・・と軋んだ音を立てて、リアカーが動き出す。
徐々にスピードが上がると、背後から声がした。
「わー・・・気持ちいーい・・・」
「良かった〜・・・ってか、オレも後ろ乗りてー・・・!」
「・・・?乗ったことないの?」
「ない!」
自信満々に言い切る高尾だった。
「交差点ごとに、ジャンケンして負けた方が漕ぐってルールなんだけど。
オレまだ一回も勝ててないんだよなー」
「・・・ジャンケン弱いんですね」
「違うっ!真ちゃんがおかしいの!」
「・・・おかしい?」
「おかしいとは不愉快な。人事を尽くした結果なのだよ」
「・・・人事?」
首を傾げる彼女に向かって、不意に緑間が鋭く声を掛けた。
「時にお前」
「ん?」
「星座は何なのだよ」
「星座?おひつじ座だけど」
「・・・ふん、まあいいだろう」
「・・・何が?」
全く意味が分からないといった様子の彼女。
やれやれと高尾は肩を落とした。
「真ちゃん・・・星座の前に、他に聞くことあるだろ・・・」
「ふん、別に必要ないのだよ」
「人としてどうなの!?それ!?」
くすくすと笑い声が聞こえて、良しと一安心。
偏屈な天才のフォローは中々疲れる。
そんな高尾の耳に、意外な台詞が飛び込んできた。
「ねえ、漕ぐの交代しよっか?」
「はっ・・・!!!???」
「高尾、前を見て漕ぐのだよ」
「あ、うん。前見て」
振り返った高尾に向かって、彼女も一言述べた。
だけど高尾は何度も器用に振り返って、騒ぎ立てる。
「漕ぐって!?キミが!?」
「脚力には自信あるんだけど・・・無理あるかなあ・・・?」
「いやいや、無理無理!真ちゃんとオレで100キロ軽く超えるから!」
「ん〜でもこの先は緩い下りっぽいし。イケると思う。・・・あ、信号赤」
「公平にジャンケンで決めればいいのだよ」
「じゃあそれで」
「えー・・・いいのー・・・?」
女の子に漕がせるなど腑に落ちない様子の高尾だが、緑間と彼女がジャンケンの体勢に入ったので仕方なく勝負。
そして・・・
「・・・ま、結局こうなるよなー」
「・・・キミ、ジャンケン弱いね」
「うっせーうっせー。いいの、女の子に漕がせるわけにはいかないの!」
「・・・高尾、まるでわざと負けたような台詞なのだよ」
「真ちゃんっ!そこはそういうことにしといてよ!」
「どうでもいいのだよ・・・」
心底どうでもいいのだろう、実にくつろいだ様子で汁粉をズズっとすする緑間であった。
一言言っておくが、全く様になっていない。
なのにこの貫禄、どうしたことか。
そうして結局、高尾が終始漕ぎ続けたリアカーは、無事に目的地に到着する。
自転車置き場・・・というか、リアカーを置く場所を探す高尾を置いて、緑間はさっさと体育館へ向かってしまった。
荷台から降りた彼女は、駐輪場を探す高尾に付き合ってくれるようで。
「んー・・・駐輪場に置けるかな、それ」
長い髪をゆらゆら揺らして、彼女が先導。
高尾は漕ぐ速度を落とし、ゆっくり彼女の後ろをついていく。
不意に彼女が振り返った。
「ところでキミたちって、いつもこんなふうなの?」
「ん?そうだなー・・・」
「キミ、下僕みたいだけど」
「げぼっ・・・ははっ、いーのいーの。その分楽しいからさ」
程なく自転車置き場を発見、だがもちろんリアカーがくっついているので中に入れることはできない。
申し訳なさの欠片もなく堂々とリアカーを停めて、高尾はようやく運転から解放された。
「到着っと・・・あ?」
「はい、あげる」
ポンッと放られたのはペットボトル。
綺麗な放物線を描いて、高尾の手に落ちてきた。
「じゃあまたね、タカオくん」
「えっ、あれっ、俺の名前・・・って、そっか、真ちゃんが呼んでたから・・・」
「送ってくれて、ありがと!ミドリマくんにもよろしく!」
「みど・・・えっ、ええっ・・・何で真ちゃんの名字・・・!?」
見とれるくらいのキレイなフォームで、あっという間に白いセーラー服は高尾の視界から消え去る。
呆然とそれを見送り、高尾もふらっと体育館へ向かった。
(変わった子ー・・・)
そんなふうに思いながら、既にギャラリーにて待機していた緑間とすんなり合流。
ぐるりと周囲を見渡せば、コートを挟んだ向かい側に、ビデオカメラを構えているあの子を発見だ。
高尾は手に握ったペットボトルを揺らした。
「ねぇ、真ちゃん」
「なんだ?」
「あのさー、今日のさそり座の運勢って知ってる?」
「なんなのだよ、急に」
「例えばおひつじ座の子と相性良かったりとか、する?」
「・・・知ってるのなら、わざわざ聞くな」
ごめんごめんと適当に謝りながら、ペットボトルを開封。
ぬるくなったミネラルウォータが渇いた喉を通り抜けていった。
Go Slow
出会いは止められない
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