S t o p B a c k # 0 3


扉を開けて、中を覗きこむ。

(・・・いない)

藍がここへ来た時、彼は同室のおじいちゃんと花札をしてるか、ぼんやり窓の外を眺めているか、ハンドグリップで握力を鍛えてるか、あるいはベッドから抜け出して院内をウロついているか・・・部屋にいるのといないのと確率は半々くらいである。

さて、どこにいったのだろう。


*


病院の中庭。
入院中の患者しか足を踏み入れないような小さな庭には、ベンチが一つ置いてある。
雨風にさらされて白いペンキが少し剥げてるそれに、大柄な患者が一人腰掛けていた。

「見つけた、木吉」
「おー、大鳥。久しぶり」

元気だったか、と木吉はニカっと笑うが、それは藍の台詞である。
自分がどんな状況にあっても、他人への気遣いを忘れない。
いっつもチームメイトのことばっかり考えてる彼。

ベンチの傍まで来ると、木吉はデカい図体を少しずらして、藍が座るスペースを作ってくれた。

「今日も走って来たのか?」
「うん、いい風吹いてた」
「俺も今そう思ってた」

今日はポカポカの日和だ。
吹く風が涼しくて気持ちがいい。
庭の桜の木には緑の葉が生い茂り、ついこの間までの薄紅で儚い装いはもう影も形も見えない。
風に吹かれて、ざわざわと音を立てている。

隣に座って、藍は鞄からビデオカメラを取り出した。
ほいっと木吉に手渡す。

「今日のは?」
「歓迎会の。うちの店でやったんだ」

ほら、新入部員・・・と藍がモニターを指さしながら紹介していく。
例の屋上からの目標宣言もちゃっかり撮られていた。
新しく入った1年生をメインに、他にもなんてことはない、リコがお好み焼きを焼こうとするのをさりげなく日向が止めていたりとか、伊月が延々ダジャレを言っていたりとか(その横で日向の表情がどんどん険しくなっていったりとか)、小金井が特大のお好み焼きを器用にひっくり返していたりとか、そういういつもの様子も収められていて。

でも木吉にとっては、今は『いつもの』ではない風景。
見てたら逆に寂しくなるかなとも思える録画を、藍のコメントに相槌を打ちながら、木吉はずっと楽しそうに目を細めて見ていた。

「この調子だと、オレがいなくてもI.H.行けるかもなあ」
「そうだね、勢いあるしね」
「大鳥は言うことがキビしいなあ」
「もちろん冗談だよ。私は部外者だけど、そんな簡単なものじゃないってことは知ってる」
「何言ってるんだ、大鳥は部外者じゃないだろ」
「・・・論点はそこじゃないんだけど、木吉」

でもそう言ってくれるのは嬉しいから、論点がズレたって藍も笑うしかない。

藍の所属する陸上部の活動はバスケ部と比べるとはるかに緩くて、同好会と言ってもいいくらい。
真面目に活動してるのは藍を含めて数人だ。
その上、陸上競技は個人競技。自分との闘いが基本。
自分にはそれが向いてるけど、バスケ部の活動を見てると、全員一丸になって取り組んでる姿を羨ましく思うこともある。
だからその輪のすぐ傍に自分がいて、少しでも役に立ててるのなら、それはすごく光栄なことだ。

木吉が脇に置いていた紙袋から、どら焼きを取り出した。

「お、一つしかない」
「半分個ね」

二つに割ったどら焼きを、木吉は一口で、藍は更に半分に割って口に放り込む。
二人とも黙ってもぐもぐと咀嚼。
食べてる間にも、小さなモニターには部活の様子が流れている。

「大鳥、いつもありがとな。・・・みんなのこと、届けてくれて」
「なんの。でも早く戻って来い?」
「ああ、待っててくれ」
「いやだよ、そんなの。早く追いついてよ」
「・・・大鳥はキビしいなあ」
「もちろん追いつけるのを信じての言葉だよ?」

そうしてしばらくしてVTRが終わると、木吉はビデオカメラを藍に返した。
藍はまだどら焼きを食べていたから、片手で受け取って鞄にしまう。
また面白いの撮れたら持ってくるね、と言うと、木吉は笑って頷いた。


新しい風を届けに
いつでも戻って来られるように




[ 3way Street TOP ]
[ MAIN ]




[ TOP ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -