S t o p B a c k # 0 2
春の冷たい風が体に当たって気持ちがいい。
少し目線を上げると、薄ピンクの雲が見えた。
(綺麗だな)
ひらひらと雪のような花弁が舞う中を走るのは、少しだけ神聖な気持ちになれる。
自分が走って、流れていく景色とは違う。目の前を霞めていく薄紅の花弁。
花びらには花びらの時間が流れてるんだなと思うと、その当然のことがすごく新鮮で、小さな発見に心が躍る。
4月上旬。
始業式を終えて、明日から授業開始。
今日も今日とてランニング中の藍である。
一度水分補給してから、校舎の外に出ようかな・・・とおぼろげにコースを決めていると、前方に今年度からクラスが別れてしまった元クラスメイトの後ろ姿が見えた。
「伊月ー」
声を掛けると、くるりとこちらを振り返った。
藍は少しだけスピードを上げて、追い付く。
「今日はバスケ部の練習ないんだ?」
「これから。始業式早々日直だったからさ」
「それはついてない」
「大鳥は・・・聞くまでもないか」
「ん、走ってた」
大鳥は走ってる時の方が表情豊かだと伊月は思う。
いつもは涼しげに笑ってるけど、こっちの生き生きした笑顔の方が大鳥らしい。
「いいな」
「・・・?」
「走ってる大鳥」
「バスケしてる伊月もいい感じ」
さらっと返されてしまった。
「一生懸命になれるものがあるって、いいよね」
「大鳥は何で陸上?」
「好きになることに『何で?』はナンセンスだと思うけど」
「・・・『ナンで?はナンセンス』」
「あ、今のダジャレじゃない」
またしてもさらっと注釈を入れ、藍はナンセンスと言いながらも考えてみる。
「うーん、走ることそのものが好きだから、何でって言われると。
地面蹴って前に進むのが好き、景色が流れてくのが好き、自分との勝負が好き・・・」
「要するに全部ってことか」
「そういうこと。 あっでも好きになったきっかけは、明確に一つある」
伊月の顔をのぞき込み、藍が笑った。
少し意味深に思ったので、聞いてみる。
「きっかけ?何?」
「伊月なら気が付けると思う」
「・・・分からん」
「諦めるの早いよ。じゃあヒント、私の『名前』」
「名前・・・大鳥、藍・・・」
藍の名前を口の中で呟き、同時にあることが閃いてハッと息を飲んだ。
「分かった?」
笑いを堪えるように口元を押さえながら藍が促すと、伊月は表情を引き締めて答える。
「藍→ラン→RUN(走る)」
「正解。いい不規則動詞だ」
「見事なダジャレだ・・・!」
「メモらないで」
感動に打ち震える伊月の脇腹にすかさず肘鉄をかますが、藍自身が笑っているので全く痛くない。
「でも本当にそれがきっかけ」
照れくさそうに、だけど嬉しそうに。
桜の花びらが二人の間をチラチラと舞う。
じゃあね、と言い残して、藍は身を翻した。
好きになったきっかけなんて
どこに落ちてるかわからない
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