S t o p B a c k # 0 1


「腹減って死ぬ〜・・・」

小金井の情けない声に、オレもオレもとゾンビのような声が相次ぐ。

3月も半ば過ぎ。
終業式を間もなく迎える、授業の少ないこの時期。
いつも以上に、リコの練習メニューで体力を根こそぎ奪われたバスケ部員たちは、グラウンド脇の道を今にも倒れそうな前傾姿勢でゾロゾロと歩いていた。

「みんな、情けないわよ。たったあれしきの練習メニューで」

リコが呆れたように叱咤激励するものの、部員たちは「たったあれしき」の練習量を思い返して、呻くことしかできない。
反応が鈍かったので、リコはやれやれと肩を竦めて呟いた。

「しばらくスタミナ重視のメニューに切り替えようかしら・・・」

勘弁してくれ、とも言えず、かといって黙っていたら更にハードな練習が待っている。
疲れて何も考えたくないのもある。
というか、腹が減った。まともに考えられん。

様々な思いがぐるぐると渦巻く中、比較的余裕のあった伊月があれ、と声を上げる。
足を止め、フェンスの向こうの真っ暗なグラウンドに目を凝らした。

「・・・誰かいる」
「怪談はよせ。ただでさえ疲れてんだから」

若干ビビり気味な日向だったが、伊月が動かないので仕方なく足を止める。
ナイター照明の落ちた広いグラウンド。
闇に包まれて先は十数メートルも見えない。

「誰もいないって、行くぞ」
「いや、でも足音が聞こえる」

言われて耳を澄ませば、ザッザッザッと一定のリズムを刻んで、確かに何かが近づいてくる。
徐々に大きくなる音に腰が引き気味の日向、その後ろでリコが先に気が付いた。

「あっ、またあの子ってば・・・!!!」

声に気が付いたのか、カーブに差し掛かっていた人影はゆるゆると速度を落とした。
キョロキョロと辺りを見渡し、こちらを発見して大きく手を振る。

「バスケ部はもう帰り?お疲れさま」
「『もう帰り?』じゃないわよ、下校延長時間までギリギリまで練習してたわよ。
 陸上部はもうとっくに終わってるはずでしょ・・・?」
「走り足りなくて、私も延長してた」
「延長にも程ってもんがあるわ」

スパッと友人の言い分を両断して、リコはフェンスの扉を潜りグラウンドへ入っていく。

「今日はもうおしまい。さっさと着替える、待たせない」
「え、あと1周・・・」

二人の声はあっと言う間に小さくなり、残されたバスケ部の面々は各々その場で休息を取る。
日向もガクンとしゃがみこんで、誰もいなくなったグラウンドを虚ろな目で眺めて言った。

「よーっし、これでどうにか死なずに済んだ・・・」
「今日はまた一段と遅くまで走ってたな」

伊月は苦笑しているが、正直笑いごとでもない気がする。
一体どれだけの時間を走り続けていたのだろう。

「相変わらずスタミナあるな」
「おー・・・オレらよりもあるかもな」
「かもな。すごいな・・・大鳥は」

日向と伊月が(呆れるくらいの)尊敬を抱くグラウンドの人影の正体は、大鳥藍。
陸上部員。リコの友人で、日向と伊月とも中学から付き合いがある。
数週間に1回くらいの頻度で、バスケ部員は彼女の居残り練習に遭遇する。
鉢合わせた時、いつも藍はランニング中だ。
日が落ちたことも、グラウンドの照明が消されたことも気にせず、黙々と走り続け、リコが上がれと言っても「あと1周」と言って聞かないから、結局力づくで止めるのだ。

鬼の居ぬ間の何とやら、リコと藍が戻ってくるまでに体力を回復させる部員達。
程なくリコが藍を引っ張って戻ってきた。
重い腰を上げて、日向が号令を掛ける。

「おーし、それじゃ行くか」
「腹一杯食う!食うぞー!」

ついさっきまでぐったりしていた小金井が急に元気になって、今にも走り出しそうな勢いだ。
小金井だけでなく、他の面子も先ほどの重い足取りが心なしか軽くなっている。
リコがそれらを眺めつつ、やれやれと呟いた。

「なんか恒例になってるわね」
「うん、毎度ありってとこかな」

大歓迎とばかりに笑って、指で円を作る藍。
何の話かと言えば、グラウンドで走り続ける藍を見つけた時は、いつもこのまま彼女の家にお邪魔するのである。
学校のすぐ傍にある「お好み焼き おおとり」が藍の自宅なのだ。

今日も店の暖簾をくぐると・・・

「藍、遅いぞー」
「ただいま、父さん。走ってた」
「またか・・・早く着替えて、店手伝え」
「はぁい」

藍が店の奥に引っ込むと、藍の母親が水の入ったコップを運んできた。

「リコちゃん、いつも悪いね。藍が迷惑かけて」
「いーえ、親友ですから」

リコのピカピカな笑顔に、藍の母も相好を崩す。

「皆もありがとね、あの子の面倒見てもらっちゃって。おまけするから、たくさん食べておいきよ」

・・・と言うふうに、お好み焼きが半額で食べ放題なわけである。
学生には嬉しすぎるサービスだ。
手伝い用のエプロンをつけて出てきた藍が、部員たちの注文を聞いていく。
伝票を付けながら、いつものことだけれどついつい零す藍。

「良く食べるわぁ・・・」
「あれだけシゴかれたら、何枚食っても足りねえって」
「リコの練習メニューって、そんなに大変?」
「大変なんてもんじゃ、ぐあっ」
「日向君、何か言った?」
「・・・言ってません」

グリッと足に激痛が走り、素直な日向である。
テーブルの下は見えていないが、なんとなく空気の読めた藍。

「来月の新歓で、新入生が怯えないといいんだけど」
「どういう意味、藍」
「特に深い意味は無し」

既にいくつかカラになっているコップに水を注ぎ足して、さっさと藍は退散する。
長いこと付き合ってるのだ、引き際はキッチリ押さえていた。

時間にすれば30分も経っていないが、もの凄い量のお好み焼きをお腹に入れて、今度は食べ過ぎで苦しんでいるバスケ部員たち。
お腹を擦りながら、ごっそーさんでしたと口々に言って店を出ていく。
藍も会計を済ませたリコに続いた。

外は真っ暗。
春先の冷たい風が吹き抜け、「おおとり」の暖簾を揺らす。

「これからも部員一杯連れて来てね」
「任せときなさい」
「日向も伊月も、部活なくてもまた食べに来て」
「おー」「ああ、また来る」
「ちょ・・・?オレ達も来るって!」
「うん、コガも水戸部も」

明日も学校で。
後姿が見えなくなるまで、藍は手を振って見送った。


また来てね
いつでも、これからも、たくさんの仲間を連れて



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