Happy Birthday, to You
教室にいない、部室にいない、体育館にもいない。
夕日の差し込む校内を走り回りながら、藍はだんだん焦ってきた。
頭の中には『廊下は走らない!』という小学生でも知ってる常識が、親友リコの声でずっとリピートされているのだが、それでも今は足を速めずにはいられない。
(もう帰っちゃったかな・・・?)
望みは薄いと思いつつも、唯一探していない特別校舎に辿り着いた藍は、片っ端から教室の扉を開けて中を確認する。
静かな校舎にドアを開閉する音を騒々しく響かせていたら、廊下の先の方で、藍が立てる音とは別のドアが開く音がした。
「何事かと思ったら、大鳥か。お前も忘れ物か?」
ひょっこりと姿を見せたのは、藍が捜していた木吉鉄平、その人だった。
「木吉、いた・・・!もう帰ったかと思ったよ・・・!」
「なんだ、オレを探してたのか」
はっはっは、と笑う木吉を恨めしそうに睨み付け、藍は木吉に走り寄る。
「学校内走り回ったよ。なんでこんなところにいるの?」
「移動教室の時に、教科書忘れたみたいでさ。捜してた」
「ふぅん、見つかった?」
「いや。途中ですごい音が近づいて来るから、何事かと思って廊下に出たら、大鳥がいたんだ」
「じゃあまだ見つかってないのか。一緒に捜すよ。移動の時、どこに座ったの?」
「どこだったかなあ」
暢気な返事に藍は脱力すると、仕方なく手近な机から捜すことにした。
藍とは反対の場所から、木吉も大きな体を屈めて、ひとつずつ机の中を覗きこんでいる。
「それで?大鳥は何でオレを探してたんだ?」
「あっ、そうだ・・・!今日、木吉の誕生日ってコガから聞いて」
掃除の時間に、廊下ですれ違った小金井に教えてもらったのだった。
「プレゼントの用意はないんだけど、せめておめでとうって言おうと思ったの」
「そっか。サンキューな」
「・・・ちゃんと言う前に、お礼言わないでくれるかな」
でもそれが木吉らしくて、藍は笑ってしまう。
改めて「おめでとう」と言うのもなんだか変な感じだ。
でも校舎を走り回ってまで伝えたい言葉だったから、このままだと物足りない。
木吉の忘れ物を捜しつつ、藍はどうしたものかと考え・・・そうだ、とあることを一つ思いついた。
軽く息を吸い込み、一拍置いてから、口ずさむ。
誰でも知ってる、誕生日の歌。
放課後の教室に、藍の歌声が流れた。
木吉がどんな表情をしてるかはわからないけれど、黙って聞いてくれてる。
「・・・ハッピーバースデイ、ディア」
「お、ちょっと待ってくれ。大鳥」
「ええ!?今一番盛り上がるところ・・・!!」
まさに木吉の名前を歌い上げようとした時、当の本人からストップが入った。
藍は思わず声を上げるが、木吉は至ってマイペースに「まあ待てって」と言って、教壇に置いてあった自分の鞄の中を漁っている。
「あったあった」
「え、教科書見つかった?」
「いや、そうじゃない」
目的を見失っている木吉の返事に、さすがの藍も呆れて、教科書を捜す手を止めた。
ふくれっ面になって木吉を見返すと、木吉はにかっと藍に笑い掛ける。
「大鳥、もう一回はじめから頼む」
「・・・?」
「いくぞ」
そう言うと、木吉は口元に手を寄せた。
木吉の手は大きいから、隠れてしまって全然見えないけれど、何かを持っているようだ。
首を傾げる藍の耳に、澄んだ金属音が響いた。
(あ、ハーモニカ・・・)
『ハッピーバースデイ』の前奏がはじまる。
歌に入る前、木吉とパチッと目が合った。
Happy birthday to you,happy birthday to you
藍の歌声とハーモニカの音色が、二人しかいない教室で柔らかに重なる。
「・・・ハッピーバースデイ、ディア・木吉」
木吉の名前を口ずさんだ時、木吉の顔が嬉しそうに綻ぶのが見えた。
藍もつられて、笑顔になる。
名残惜しそうに、メロディにリットが掛かった。
Happy Birthday, to You
思いよ、君に届け
*
「教科書見つかったよ」
「え、どこに?」
「鞄に入ってた」
「・・・やっぱり。よかったね」
「おう、手伝ってくれてありがとうな」
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