風 の 揺 籃 歌 / A l v i n # 0 4
ことばでもない かたちでもない
さがすのは あの時の 優しいぬくもり
夢でみたのは 懐かしいひと
やさしく抱きしめて 愛をくれた
あえない日々が つづいてるけど
いつかきっとあえると 信じて
・・・今日もまた、夢で旅する
*
ユルゲンスにララのことを聞いた。
元気でやってるかという問いに、これから商売のパートナーになる男は、難しげに眉を顰めた。
戦争の前線に出た際に、腕を負傷。
傷は深く、今は絶対安静で自宅療養中だそうだ。
ついでにワイバーンに乗れず、機嫌が悪いらしい。
話を聞いて、彼女を見舞うためその家を訪れたのだが、留守だった。
一つの予感を抱いて、ある場所にまっすぐ向かうと、思った通りそこにいた。
ワイバーンの檻の奥。
左腕を包帯で吊っている状態で、器用にワイバーンに手綱を掛けている。
時折、ワイバーンに話し掛けるような仕草・・・遠目からでも楽しそうにしているのが分かった。
(・・・もの好きな奴)
動物好きと言えば聞こえはいいけれど、ワイバーンは魔物だ。
そういえばララの部屋には、魔獣の角や骨なんかが一杯転がっていた。
もしかしたら魔獣オタクなのかもしれない。
などとどうでもいいことを考えつつ、ララの様子を眺めるアルヴィン。
こっちの方には全く見向きもしないので、少々妬ける。
やがて檻が開き、手綱を引っ張って出てきた。
人目を気にするようにキョロキョロと落ち着かないララに向かって、足元の小石をひとつ蹴ってやる。
そこでようやくこっちを見た。
ぎょっとしたように石の転がってきた方、つまりはアルヴィンの方を振り返り、目を丸くし・・・最後に大きく息を吐いた。
「驚いた・・・ユルゲンスかと思った・・・」
「・・・そっちか?感動の再会だってのに」
自分でない男の名前が出て、些か詰まらない。
だけどララの驚きっぷりがおかしくて、まあ許してやるかという気になる。
一方のララは、アルヴィンの台詞に慌てて謝った。
「あっ・・・ごめん。
もちろんアルヴィンに会えて嬉しいし、それに驚いたっていうのもあるんだけど・・・」
「いいっていいって。別に俺のことなんかさー?」
ニヤニヤ笑ってからかうと、ララは唇を尖らせる。
「アルヴィン!私は本当に、会えて嬉し・・・あっ!!!」
ララの語尾に悲鳴が混ざった。
何だ?と疑問に思うと同時に、背後から人の足音。
「ララ!その怪我で、ワイバーンには騎乗するなと言っただろう・・・!!!」
ユルゲンスだった。
彼にしては珍しく怒った口調で、台詞からして彼が怒るもの当然で。
けれどララはユルゲンスの言葉を颯爽と無視し、身軽にワイバーンの背に跨った。
片腕とは思えない。
「アルヴィン!早く乗って!」
「はっ!?おい、こら待て!」
「アルヴィン!ララを止めろ・・・!」
3つの声がゴシャっと飛び交う。
ララがワイバーンの脇腹を足で叩くと、大きな翼がゆるりと広がった。
早くも離陸体制だ。
傭兵稼業で鍛えた判断力で、アルヴィンは地面を蹴り、ワイバーンに飛び乗る。
ララの体に掴まる。
肩越しに、ララがちらっとアルヴィンを見た。
二人の視線が交じる。
多分同じような目をしていたと思う。
出発の合図。
「心配しないで、ユルゲンス!アルヴィンがいるから!」
「俺は保護者かあ・・・?」
「こらー!ララっ!!アルっ・・・!!!戻って来い・・・」
ワイバーンが羽ばたく。
ユルゲンスの声があっという間に遠くなる。
こうしてアルヴィンとララは、慌ただしくシャン・ドゥの街を後にした。
*
「やれやれ・・・ここまで来ればユルゲンスも諦めるよね」
「そりゃそうだろうな・・・」
シャン・ドゥの闘技場が遥か下、親指の爪くらいの大きさだ。
ユルゲンスに至っては、ゴマ粒ほどだろう(目視確認できないが)。
ララに振り回された彼に少し同情して、アルヴィンは溜息をつく。
「ララ、手綱を寄越せ」
「えっ?片手でも大丈夫だよ?」
「いいから」
怪我した女に任せられるか、男のメンツを考えろ。
心の中で言ってみるも、ララには全く届かない。
「うーん、でもフォンも私がいいって言ってるし」
「・・・フォン?」
「この子の名前」
ララが言うと、ワイバーンがギィィィ・・・と鳴いた。
可愛くない鳴き声だが、ララは幸せそうに笑う。
だが2対1の逆境でも、アルヴィンは譲らなかった。
「あーもう、黙れ。黙って俺に掴まってろ」
無理矢理手綱をもぎ取ると、ワイバーン・・・フォンが抗議するように体を揺らす。
「うわっ・・・とと」
「わ、すごい。アルヴィン、よく持ち堪えたね」
「・・・振り落とす気だったのか?」
げんなりと聞き返すが、ララは笑って答えない。
代わりに手綱を奪われた右腕を、アルヴィンの体に回した。
きゅっと抱き締めて、操者を見上げる。
「人に手綱を握らせるのって、すごく新鮮・・・」
「たまにはいいだろ?」
「うーん・・・たまに、なら」
「その内、ヤミツキになるかもな」
複雑な様子のララだったが、やっと操縦を諦めたようだ。
黙って前を向くその脳天に、アルヴィン訊ねる。
「で?行先は?」
「少し遠出。アルヴィンは?しばらく散歩したら、目的地まで送るよ」
「送るってな、手綱握ってるの俺だって。・・・まあいい、付き合う」
「・・・え、どこに?」
「お前が行く所」
「えー・・・来ても楽しくないと思うけど」
「どこに行くつもりなんだ?」
「ん、久々に里帰りしようと思って」
里帰り、の一言に言葉を失うアルヴィン。
少し前まで、自分も故郷に帰りたかった。
ずっとその為だけに生きてきた。
心が勝手にシンクロしてしまって、アルヴィンは手綱を固く握る。
ララもララで黙ってしまって、しばらく二人は口を開かなかった。
びゅうびゅうと風の音だけが、二人の間を通り抜けていく。
空のオレンジ色が次第に濃くなる。
その頃になって、ララが独り言のように呟いた。
「なんだろう・・・やっぱり怪我のせいかな。気分が沈んじゃって、気晴らししたいっていうか」
「・・・気晴らしなら、空飛べば充分だろ」
「それはそっか。うん、普通だったらそれで充分か」
ははっとララは笑う。
けれどそれはとても力ないもので、物思いに耽っていたアルヴィンは現実に引き戻される。
「・・・ララ?」
ララは前を向いたままだ。
わずかに見える頬が、橙色に染まっている。
「あのね・・・左腕、もう動かないかも。
片手でもワイバーンに乗ることには不自由ないけど、飼育となるとね。結構な重労働だし」
世話を離れてしまえば、ワイバーンに乗る機会はぐんと減ってしまう。
「もうこんなふうに自由に・・・好きな時に空飛べなくなるって思ったら、不安になって。
気が付いたら、部屋を飛び出してた」
どうして人は故郷を想うんだろう。
不安になると、思い出すんだろう。
旅の途中で迷子になると、帰りたいって思うんだろう。
そこには期待するものなんて、何もないのに。
『今』のあの場所は、もう『あの頃』とは違うのに。
「あーあ、人って本当に不自由だなあ・・・」
何かに縋らないと生きていけない。
「ララ」
「ん?」
「エレンピオスに来るか?」
「・・・?どうしたの、急に」
話の流れが掴めずに、ララは首を傾げる。
「エレンピオスには、リーゼ・マクシアにはない医療技術がある。
お前の腕も動くようになるかもしれない」
「・・・それ、黒匣のこと?」
「源霊匣。黒匣とは違って、精霊は殺さない。ただしまだ開発中の技術だ」
「・・・要するに、人体実験か」
「俺の従兄が開発研究をしてる。悪いようにはしない・・・俺がさせない」
「うん、じゃあ行ってみる」
・・・
「・・・はっ?」
自分で誘っておいてなんだが、ララの決断の速さについていけなかった。
思わず聞き返すアルヴィンの体に、ララは力強くしがみ付く。
「行ってみる、エレンピオス」
「おい、そんな簡単に決めて・・・!」
「何で?迷うことなんて、何もないよ」
またいつもの生活ができるなら。
私が私でいられるなら。
言葉で言うと簡単だけど、『自分らしく』はとても難しいこと。
だけど譲れない。何があっても、私は私でいたい。
古くからの友人も呆れ果てるくらいに、その点に関しては頑固なのだ。
遠くの空に懐かしき友を思い浮かべ、ララは晴れ晴れと叫んだ。
「うん、元気出てきた!アルヴィン、里帰りは無しだ。早く行こう、エレンピオス!」
「・・・簡単に言ってくれるな」
「えっ?難しい?」
「・・・こっちの事情だよ」
俺はあんなに苦労して帰ったというのに、あっさり『早く行こう』とは何事だ。
今にも手綱を引っ手繰って、帰路につこうとするララ。
両手が塞がっているので、アルヴィンは自分の顎をララの頭の天辺にコンっと乗せた。
「ま、お前らしい」
「ん、ありがとう」
「・・・今のは皮肉だ」
「分かってる、アルヴィンらしくて」
「あっそ」
グリグリと顎を擦り付けると、ララは悲鳴を上げる。
「いたたっ暴力反対・・・!」
「ばぁか。暴力じゃなくて、じゃれてんの」
「痛いって・・・もう、フォン!ロール!」
ララがそう言った途端、フォンが体を捻って宙返りをした。
「うわ、馬鹿!危ない・・・!」
「ほらほら、ちゃんと手綱握ってないと」
「この野郎・・・!」
乱気流に揉まれるような飛行が始まる。
でもアルヴィンもララもすぐに疲れてしまって、結局フォンが仕方ないなあというように二人を乗せてまっすぐに飛んだ。
安定した空中飛行。
オレンジ色の空を駆け抜ける。
気分が良くなって、ララが鼻歌を歌い出す。
アルヴィンが下手くそと文句を言う。
「・・・そろそろ行くか」
「うん、行こう」
果てない旅路へ。
Stroll Wind
ゆらゆら、風に揺られて
流れるように、空をさまよう
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