風 の 揺 籃 歌 / A l v i n # 0 3
ことばでもない かたちでもない
さがすのは あの時の 優しいぬくもり
夢でみたのは 懐かしいひと
やさしく抱きしめて 愛をくれた
あえない日々が つづいてるけど
いつかきっとあえると 信じて
*
欄干に頬杖をついたまま、アルヴィンは聞こえよがしに素直な感想を述べた。
「へったくそな歌だな、ララ」
すると調子っぱずれの歌がピタリと止み、次いで不機嫌そうな声が降ってきた。
「久しぶり、アルヴィン」
「怒るなって」
「怒ってない、正直な感想が聞けて嬉しい」
どう贔屓目に聞いても、ドスの利いた声だ。
アルヴィンは体を仰け反らせて、背後の石段を見上げる。
そこには一つの人影。
手摺から身を乗り出して、こっちを見下ろしている。
ちなみに表情は逆光のため分からない。
ひらひらと手を振って、挨拶代わりにする。
「わーるかった。機嫌直せって、な?」
「全く・・・アルヴィンこそ、随分機嫌いいね?」
逆に指摘されて、アルヴィンは動きを止めた。
(・・・俺が?)
機嫌いい、と言われてしまった。
無自覚だが、傍目にはそう見えるのだろうか。
ポカンとしたままのアルヴィンに向かって、ララは呆れたように言う。
「やれやれ。自然体がいじめっ子なんて、質が悪い」
「あ、やっぱ分かっちゃう?」
「分かりやすくて、大変よろしい。そんなアルヴィン君、時間があるならお茶でもご馳走しようか?」
「喜んで」
「・・・ん?いいの?」
誘っておいて、意外そうな反応のララである。
「あんまり時間無いけどな」
「好都合、私も仕事の後で疲れてるし。おいで」
ララの影が階段から見えなくなる。
置いて行かれないようにアルヴィンも石段を駆け上がり、ララの後を追った。
「狭いけど、適当に座って休んでて」
彼女の言うとおり、お世辞にも広いとは言えない室内には、入ってすぐに台所、奥にテーブルと椅子が置いてあり、天井からハンモックがぶら下がっていた。
あちらこちらに物が置いてあって、より狭く感じる。
ララが台所に立ってお茶の準備を始めたので、アルヴィンは置き物を蹴飛ばさないよう慎重に部屋の奥に進むと、古びた椅子を勝手に引き出して腰を掛けた。
「・・・何だ、これ?」
テーブルの上にも物が置いてある。
アルヴィンは散らばった『それ』を摘み上げ、しげしげと見つめた。
「あっ、ごめん。グランライの羽・・・洗って乾かしてた」
グランライというのは渡り鳥の一種である。
少し変わった習性の鳥なのだが、希少種というわけではない。
羽をわざわざ洗って乾かすという行為に、首を捻るアルヴィン。
「売るのか?大した額にならないだろうに」
「売らないよ。この前、群れを見つけたんだ。すごく綺麗だったから、記念に何枚か」
「引っこ抜いてきたのか」
「違う、抜けた羽を拾ってきた」
ふぅん・・・と適当に相槌を打って、羽を指先でくるくる回した。
確かに真っ白で綺麗と言えば綺麗だが、白い以外に特徴はない。
(変わった奴・・・)
部屋の中を横目でちらりと観察。
床には魔獣の角らしきものが転がっており、壁にはグランライとは違う別の鳥の羽が何種類も飾ってある。
棚にも何やら動物の骨のようなものが所狭しと置いてあって、それらのみを見れば博物館の展示室のようだ。
「あっ、アルヴィン。今、『こんな羽のどこが綺麗なんだ?』って思ったね?」
「まぁな」
「グランライの羽の秘密、知らないんだ。勿体ない」
何が勿体ないのかよく分からない。
トレイにカップを2つ乗せ、器用に障害物を避けてやって来るララに、アルヴィンは眉を顰めてみせた。
「・・・羽の秘密?」
「グランライ・・・正しい発音は、『グランド・ライト』。さて、その名の意味は?」
「・・・『大地の光』」
「正解」
「・・・どこが光ってるって?」
窓から差し込む日差しに羽を翳してみるが、白く反射するだけだ。
光っていると言えなくもないが、『秘密』というほど謎めいたものでもない。
ララはトレイをテーブルの端に置きつつ(普通は散らかった物を片付けて、真ん中に置きそうなものなのだが、どうやら彼女にとっては羽の方が大事みたいだ)、胡散臭な目線を羽に送るアルヴィンに説明してやった。
「えっとね、強い光源の真下に羽を置いて、その真上から見下ろすの」
「・・・あのな、それじゃあ自分の影が邪魔して、光るも何もないだろうが」
「うん、だから普通にしたら見えないんだよね。『大地の光』は」
ふふっとララが嬉しそうに笑う。
「空高くから見下ろすと、金色に光って見えるんだよ」
「・・・空高くって」
「うん、私はワイバーンに乗って見下ろしたんだけど」
さも当然と言ったように、ララは頷いた。
グランライは雄と雌でその生態が異なる。
簡単に説明すると、渡り鳥で有名なのはグランライの雄に当たる。
強靭な翼を有し、霊勢の影響をものともせず、リーゼ・マクシアの空を行き来する。
一方の雌は、雄のように翼は発達しておらず、霊勢の影響を受けながら地上での移動生活を主とする。
「・・・それって本当に同じ種なのか?」
「同じだよ。繁殖期になると、雄は雌に会いに行く。その時の目印が、雌の尾羽・・・つまりこれ」
ララもテーブルに置いてあった白い羽を手に取った。
「高ーい空から、地上の光を見つけるんだ。・・・空と大地をつなぐ光だよ」
空を飛ぶことに夢中で、地上を忘れてしまわないように。
帰る場所を見失わないように。
ふわふわの羽でアルヴィンの頬をくすぐるララ。
「一つ賢くなったね、アルヴィン君」
「こら、くすぐったいって・・・」
「ははっ、それじゃあこれにて講義終了。お茶にしよう」
そう言うと、ララは白い羽を自分の髪に挿した。
その後はとりとめのない話をした。
差し障りのない近況報告から、霊勢の話、好きな食べ物の話、ララは獣(主にワイバーン)の話が多かった気がする。
それから仕事の話に、世界情勢についても。
「ユルゲンスの恋人が今、怪我で臥せっててね。
看病で大変そうだから、ワイバーンの飼育当番を代わってあげたり。
戦争もあって落ち着かない」
ワイバーンが空中偵察部隊として駆り出されているというのだ。
ララ自身も戦線に投入されたらしい。
「こう見えても、昔は一戦士だったんだ。今はめっきり、魔獣の飼育員だけど」
「なるほどな、どうりで気が強いわけだ」
「・・・?そうかな?」
「自覚なしってのが怖いんだよな」
くくっと笑うと、アルヴィンはお茶を一気に飲み干す。
もう随分ぬるくなってしまっていた。
「さて、と。俺、もう行くわ」
カップを置いて立ち上がる。
「うわ、結構話し込んじゃったね。時間大丈夫?」
「まぁ平気だろ」
「ならいいけど・・・」
昇降機まで見送ってくれるようだ。
パタパタと足音を立てて、ララが後を付いてくる。
「楽しかった、少し話し足りないくらいかも」
「また来るさ」
「ほんと?」
「・・・来れたら、な」
「・・・期待させて、ひどいな」
「俺の仕事、なんだと思ってんの?」
「傭兵でしょ。分かってるよ」
物分かりが良くて、助かる。
潔すぎて、涙が出そうなくらいだ。
昇降機を待つ短い間、沈黙でやり過ごすのが合わなくて、アルヴィンはララをからかった。
ニヤリと意地悪い笑みを浮かべ、自分よりずっと小さな彼女を見下ろす。
「俺が居なくなって寂しいのは分かるが、不貞腐れるな。不細工だぜ?」
「いつもこんな顔だって。次は、いつ会えるかな?」
「さあな?」
「ふぅん・・・あっ、そうだ」
ララは髪に挿したグランライの羽を抜き取る。
そしてアルヴィンのコートのベルトに、ひょいっと挟んだ。
「お守り。アルヴィンが、また戻って来るように」
「・・・サンキュ」
戻って来るだろうか。
全てが終わった後、ここに戻ってきたいと、俺は思うだろうか。
ガコン・・・と重々しい音がして、昇降機が到着する。
「気を付けて。いってらっしゃい」
ララの笑顔が、扉の向こうに消えた。
グッバイ・ララバイ
光を忘れないで
思い出して、帰ってきて
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