風 の 揺 籃 歌 / A l v i n # 0 2
ことばでもない かたちでもない
さがすのは あの時の 優しいぬくもり
夢でみたのは 懐かしいひと
やさしく抱きしめて 愛をくれた
*
オレンジ色の綿雲の上を、滑るように飛ぶ。
以前に自分が手綱を取った時とは全然違う。
風に抗うのではなく、風に乗っている。
空の絵画の上で、風の軌跡を追っている・・・そんな錯覚に囚われる。
御する者が違うとこうまで優美に飛べるのかと、頭の片隅でぼんやりと思った。
「・・・何処に向かってる?」
「何処にも」
ワイバーンの飛びたいままに飛ばしているらしい。
適当な奴だなと思うと同時に、何処に向かっているのか分からない状況が今の自分と同じで、安堵した。
「何処か行きたいところ、ある?」
「・・・ない」
そんなものはない。
行きたくても、行けない。ワイバーンなんかじゃ行けっこない。
仲間を犠牲にしたのに、裏切ったのに、それでも帰れなかった。
何より一人では意味がない。あの人を連れて帰りたかった・・・
これが絶望ってやつか。
生きる理由を全て失った。
何もないこの空みたいに、からっぽの心。
「何もないってことは、無いんじゃないかな?」
ララは手綱を握っていた手を片方離して、肩越しにアルヴィンの頭を引き寄せた。
何もかもがどうでもよくて、引かれるまま。ララの冷たい髪が頬に当たる。
「残ってねぇよ、なーんにも・・・」
そう言ったら、ララが身じろきした。
耳元で囁いたから、くすぐったかったろうか。
けれど自分の頭を抱いている彼女の手を払う気も起きない。
俺の両腕は今、空から落ちないようにララの体を掴んでいるが、もうこの手も放しちまおうか。
そうしたら絶望からも解放されるだろうか。
腕の力を抜こうとしたら、何か温かいものが頬に触れた。
「なーんにも残ってないっていうのなら、『これ』は何?」
これ?何のことだ?
不思議に思うアルヴィン。
目を瞬かせると、また温かい感触がした。
ララの唇。
触れるか触れないか、そんな優しい距離で、アルヴィンの涙を掬う。
何度も何度も。
しまいには、よそ見していて大丈夫なんだろうかと心配になるくらいに。
・・・と、現実的なことを考えてしまった自分がおかしくて、つい肩を震わせた。
滑稽だと思った。
絶望の底で、それでも何かにすがって生きようとしている自分が。
こんな奴はさっさと死んじまえばいいのに、卑しい俺が、俺を生かす。
そんなアルヴィンに、ララは囁く。
「大丈夫、まだ残ってる」
俺はそれを消したいんだ。
「駄目駄目、そんなことしたら。涙で洗い流せば、きっとまた甦る」
希望はいつの間にか、罪に埋もれて塗れて、心の一番奥底に追いやられていた。
汚れてしまって、光が届かなくなっただけ。
「今は涙で見えないけど、すぐに視界良好になるよ」
「・・・どうだか」
ララの手のひらがアルヴィンの髪を梳く。
唇を押し当て、涙を拭いてくれる。
腕が優しく包み込んでくれる。
ゆらゆら、ゆらゆら心が揺れて、汚れたものが剥がれていく。
風がそれらを吹き流して、核が光にさらされる。
「さあ、そろそろ戻ろうか」
戻りたくない。
まだどうしたらいいのか分からない。
ララに掴まる腕が強張る。
「ん、しっかり掴まってて」
流石に片手でワイバーンを操るのは辛いのか、アルヴィンの頭を軽く叩いて、ララの腕が離れた。
肩に伏せたままのアルヴィンに、ララは言う。
「また一緒に飛ぼう」
アルヴィンは微かに頷き、のろりと顔を上げた。
相変わらず空は広くて、空以外は何もない。
やがてワイバーンが緩やかに下降を始める。
螺旋を描いて、地上へ舞い降りる・・・
涙のゆりかご
現を離れて
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