風 の 揺 籃 歌 / A l v i n # 0 1


ことばでもない かたちでもない
さがすのは あの時の 優しいぬくもり



*


闘技大会を明日に控え、少しの間だけ一人になれる時間ができた。
母親のところに顔を出そうか・・・迷いつつ、アルヴィンは街を徘徊する。

シャン・ドゥの熱気は凄かった。
10年に一度の祭りだ。活気立たないわけがない。
どこもかしこも喧噪にまみれ、それを避けるように歩いていたら、いつの間にか街の中でも下層の方に来てしまった。
横を向けばすぐ傍に、光る川面が見える。

(ここは静かだな・・・)

雑踏は遠く離れ、世界から切り離されたような感覚が身を包む。
アルヴィンには慣れた感覚だ。
いつだって、そうやって色んなものを切り捨てて生きてきた。

風の気まぐれか、時折微かな歌声がここまで届く。
ヘタクソな歌だ、祭りにはしゃいだ子供が大声で歌っているのか。
途切れ途切れの歌声を聞き流し、欄干に寄り掛かって川を見下ろしていたら、水面に影がひとつ揺れていた。

(・・・魚?)

じぃっと目を凝らすが、魚にしては変わった動きである。
小さくなったり大きくなったり、川の流れのままだったり、勢いよく逆らったり。
随分と水中を自在に泳ぐものだと感心していたが、ふともう一つの可能性に気が付いた。

「・・・鳥か」

空を見上げれば、青と白のコントラスト。
その白い方の面にポツリと黒点が見えた。
水面にできた影の正体は、やはり水中でなく空中にいた。
・・・ただし予想していた鳥ではなかった。

「ワイバーンか・・・」

随分高くを飛んでいるだろう、拳一つ分くらいの影が悠々と空を駆けている。

ぐるりぐうるり、大空を旋回。
見ているこちらが空を飛んでいる錯覚に陥るくらい、優雅で雄大な飛翔だ。

時間を忘れてしばらく見入っていたが、首が痛くなってきた。
さてと、そろそろ皆のところに戻るか。あまり姿を見せていないと怪しまれる。
首筋を解しながらもう一度、水面の影に目をやった。

(・・・ん?)

アルヴィンは目を凝らして、影を見つめる。
影に異変が起きていた、突如ぐんっと大きくなったのだ。
つい足を止めて、空を振り仰ぐ。

まっすぐに落ちてくるワイバーン。
近づいてくるそれは、まるで岩の塊だ。
このままでは水面にぶち当たって、結構な被害が出るのではなかろうか。

「・・・っつうか、あれは俺達が借りるワイバーンじゃないのか・・・?」

あのワイバーンが落ち続けて川に沈んでしまったら、それはつまり自分達の『足』が一つ無くなるということだ。

(おいおい・・・!)

焦ってみるものの、どうしようもない。
空を飛んでる最中に気でも失ったのか(そんなことあるんだろうか)、銃声を一発撃ち鳴らせば持ち直すだろうか・・・どんどん大きくなるワイバーンを見つめて、埒もないことを考える。

「・・・くそっ」

思わず銃を手に掛けた、丁度その時。
ワイバーンの巨体が横転した。
そして、アップ・・・ほぼ垂直に急上昇。

風が巻き起こり、川の水が飛沫を上げる。
こっちまで飛んできやがった・・・顔を顰めてワイバーンを目で追う。
だが既にその姿は遥か高く。

ぐっしょりと濡れてしまった髪を掻き上げ、毒づいた。

「・・・コートに水染みが残ったら、どうしてくれる。畜生」

一瞬だけだが、ワイバーンの背中に人影が見えた。
人が乗ってることに驚きだが、それよりも怒りの方が勝る。
とんでもないワイバーン使いだ、どんな飼育してるんだ、明日ユルゲンスに文句の一つも言ってやろう・・・と心の中で悪態をついていたら、また川面の影が大きくなった。

(またかよっ・・・!?)

最早ワイバーンの心配ではなく、我が身の心配しかしない。
避難しようと欄干を離れるアルヴィン。

だが今度の飛行は、さっきみたいにひどくなかった。
少なくとも水飛沫は被らなかった。
代わりに声が降ってきた。

「大丈夫・・・?人がいるとは思わなくて」

ワイバーンが喋った・・・わけでなく、当然声を発したのはワイバーンの背中に乗っている人物だ。

(・・・女?)

ワイバーンの体に隠れてしまって姿は見えないが、その声は紛れもなく女の声。
意外さに少なからず驚き、黙るアルヴィンに、声は尚も降り掛かる。

「服、弁償するから」
「・・・聞こえたのか?」
「うん、この子がね」

そう言って声の主がポンッとワイバーンの首筋を叩くのが見えた。

「悪かったよ、少しそこで待っててくれる?この子を置いたら、すぐ戻る」
「ちょ・・・おい、待っ・・・!」

止める間もなく、ワイバーンは再び浮上。
風圧に目を閉じ、次に開けた時にはもう目の前には何もいなくなっていた。

アルヴィンは空を見上げる。
遠く高くに見える影を、唖然呆然と見送った。


*


しばらくすると、階段の方から足音が聞こえてきた。

「良かった!まだいた・・・!」

コの字に曲がった階段の途中から、身を乗り出してアルヴィンを確認する人影。
目が合うと嬉しそうに笑い、ひょいっと手すりを飛び越えて、ついでに階段も4段飛ばしくらいして、こっちに向かって駆け寄ってきた。

「ずぶ濡れだね・・・本当にごめん」
「いや別に・・・って、うわっ・・・?」

素直に謝られたので毒気を抜かれたアルヴィンだったが、次いで彼女がしたことには度肝を抜かれた。

持っていた布きれをアルヴィンの頭にふわりと被せると、両端を掴んだまま引き寄せたのである。
結果、アルヴィンは前屈みにつんのめり、そのまま相手の胸元に顔を埋めるところだった。

(・・・埋めちまえば良かったか?)

そんな思いが過るが、それも一瞬のこと。
なんとわっしわっしとアルヴィンの髪を拭き出した。

驚いて、胸に顔を埋めるよりも反射的に身を引いてしまう。
だが相手もアルヴィンの頭を離そうとしない。
意外と力強く、逆に更に引き寄せられてしまった。
胸のふくらみが目前である。

「服の方は、染みになったらちゃんと弁償する」
「・・・」
「このすぐ上に住んでるから、いつでも請求に来ればいい」
「・・・ダメになっちまったら、そうさせてもらう」

そう答えてみたけれど、アルヴィンにとってこのコートは特別なもの。
弁償と言ったって、いくら金を払ってもらっても意味はなかったりする。
4割の社交辞令と6割の当てつけで返事をしつつ。

(・・・それはそうとだな)

くすぐったい。
こうして会話している間も、わしわし髪を拭かれている。
髪が乱れるのが多少気になるが、相手の手つきがとても丁寧で・・・優しくて、されるがままになっていた。

しばらくして、ようやく解放される。

「よし、これでだいぶ乾いた」
「・・・サンキュな」
「お礼を言われることじゃない、原因は私だ。
 それよりどうする?さっきも言ったけど、家がこのすぐ上にある。服も乾かしていく?」
「・・・いや、いい。そろそろ戻らないと、俺を心配する奴がいるんでね」
「そっか。それは急がないと」

アルヴィンの言葉を真に受けて、彼女はあっさり身を引いた。
急ごうとばかりに先を歩いていく。
その後ろを一歩遅れて、アルヴィンも付いていく。

階段を上ったところで、彼女が振り返る。
この奥に家があるようだ、本当に近い。

「じゃあね、えっと・・・」
「アルヴィンだ」
「アルヴィン、か。私はララ」

片手を振って、ララはアルヴィンを見送る。

「またね、アルヴィン」
「・・・おたくにとって、『また』は無い方がいいだろ?」
「・・・そっか。次に会う時、君は取立て屋か」

言われて、振っていた手をピタリと止めるララ。
いちいち素直で、面白い。

「・・・じゃあな、ララ」

若干の皮肉を含んでしまったのは、仕方ない。
そういう性格なのだ、自分は。

昇降機から出れば、喧噪のただ中へと逆戻り。
埃っぽい風が吹き抜け、アルヴィンの髪を乱す。

(それにしても、さっきの・・・)

不意打ちで髪を拭いてくれた、あの感触。
あんなふうに頭を触れられるのは、自分が無防備になるのは・・・どれくらいぶりだろう。
懐かしいとさえ思える人のぬくもり。
・・・『あの人』からは、もうもらえない。

「少しだけ、顔見てくか・・・」

あまり帰りが遅くなるとジュードやミラがうるさいだろう。
そう思いつつ、アルヴィンは雑踏の中に姿を消した。


余 熱
まだ消えないで



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