笑うしかない


ふんふん〜と鼻歌を歌いながら、家路を辿る。
目の前の夕陽のオレンジ色が凄くきれいで、その上まん丸で目玉焼きの黄身みたいで美味しそうだったから、目を細めて眩しさに負けじと見つめて歩く。

・・・と、名前の奏でる鼻歌に、別の声が重なった。

キュンキュン〜と可愛らしい声が・・・どこだろう、ぐるりと辺りを見渡して音源を探した。
10歩ほど先の電柱の根元に黒い影が蹲っている。

名前が近づくと影がぴょこっと飛び上がった。

「・・・あらら」

身を屈めると、名前の膝の上に小さな足が二つ乗る。
尻尾をちぎれるくらいに振って、声高に一声鳴いた。

『わんっ!』

元気いっぱいの小犬である。
野良の割には人懐こい、しかし捨てられた割には威勢がいい。

「あっ、こら!これは私の夕飯・・・!」

腕に引っ提げていたコンビニの袋に、小犬が顔を突っ込んで一段と激しく尻尾を振った。
どうやらお腹が空いているらしい。
慌てて袋を小犬の届かない高さまで避難させたら、わんわんわんわん(寄越せ寄越せ寄越せ寄越せとでも言っているのだろう)猛烈に抗議。
我が儘な犬だ。

「・・・仕方ないなあ」

おやつ用のコロッケパンを取り出して、開封。
コロッケって犬に食べさせていいのかな・・・と疑問に思いつつも、欠片を手の平に乗せて差し出したら、ぐいぐいと顔をすりつけるようにしてペロッと平らげてしまった。
そして尚も吠えたてる。

「こっちは私の分」

小犬の耳をくすぐりながら、名前が残ったパンを食べてしまうと、耳がぺたんと萎れた。
尻尾も地面に落ちる。

「そんな態度取られても・・・困ったな。
 お前、どこの子?もう家に帰りなさい」
『わん?』
「うっ・・・そんな首傾げて上目遣いしても駄目!」

誘惑を振り切って、名前は立ち上がる。
駄目駄目、うちはアパートでペット厳禁だ。連れていくわけにはいかない。

「気をつけて帰りなね」
『わんっ』

聞き分けの良い返事だ。
少し名残惜しいけれど、その場を後にする名前。

残念だけど、仕方ない。
機会があれば、また会えるかな・・・?と小さな出会いを寂しくも嬉しくも思いつつ、再び鼻歌を歌い出す。

「ふんふん〜」
『キュンキュン〜』
「ふんふふ〜・・・え?」
『キュン?』

聞こえてきたもう一つの声に、名前は後ろを振り返った。
さっきの小犬がいた。

「こここ、こらっ!駄目っ、付いてきちゃ駄目!」
『わんっ!』

足を速めると、小犬もタッタカ付いて来る。

「こらあっ!駄目だってば!」
『わんわんっ!』
「お前っ・・・!全然話分かってないね!?」
『わんわーんっ!』

家まで猛ダッシュして帰るハメになった。


*


コンビニ弁当をつつきながら、名前は横目でちらりとテーブル脇を見やる。

「これは駄目。君のお腹には良くない食べ物なの」
『わんっ!』
「それに私の大事な夕飯なの」
『わぅん・・・』

しょんぼーりと尻尾を下げる割に、キラッキラの目でお弁当を見つめる小犬。

「だからね、そんな顔しても駄目・・・って、あああもうっ!勝手にしなさい!」
『わおんっ!!!』
「お腹壊しても知らないから!」

忠告したけれど、早速食べるのに夢中になった犬には聞こえてなさそうである。
お箸を放り出して、名前はゴロンと床に横になった。
手探りでクッションを引き寄せ、頭と床の間に挟む。

一心不乱にご飯をかきこむ小犬を、大人げないとは思いつつも恨みがましく睨みつける。

(この子が寝たら、こっそりコンビニ行ってこよう・・・)

さっきの全力疾走が響いたのか、横になった途端に睡魔が襲った。
このまま寝たら、風邪を引く。
それは分かっているけれど、ご飯を食べ損ねたこともあって自暴自棄気味な名前だ。

(ベッドまで行くの、面倒、くさ・・・い・・・)

起きたらご飯、と念仏のように心で唱えつつ、眠りに身を委ねた。


眠りながら、何か温かいものが体に触れる
何だろう、ふかふかで気持ちいい

あったかい

夢うつつ
ぬくみを求めて、『それ』に寄り添い・・・



「・・・え」


体が痛い。床で寝ていたせいだ。
それはいい、自業自得だから置いておこう。
今はそれどころじゃない。
そんなことどうだっていい。

「・・・っ・・・!!!???」

悲鳴を飲み込んで、反射的に体を後ろへ引いた。
すぐ後ろの壁に、ゴンっと頭をぶつける。

痛い。

「・・・いったあ・・・!」

思わずうめくと、目の前、それも鼻先くらいの近さで寝ていた『それ』が目を覚ます。
そして名前と同じように、驚きで身を仰け反らせる。
ガンっとテーブルの足に頭をぶつける痛い音が響いた。

「・・・いってえ・・・!」

後頭部を押さえて、よろりと起き上がる『それ』。

「なっなななななな・・・!!!???」
「あー・・・悪い、驚かせちまった」

ほんのりと頬を染めて顔を逸らし、『それ』は名前に向かって謝る。

お礼と謝罪は相手の目を見て!

そんなどうでもいいことが名前の脳裏を過った。
本当にどうでもいい!と脳内で自分自身にツッコミして、名前は叫ぶ。

「泥棒ーーーーーー・・・もがっ・・・!!!」
「馬鹿!違うって!これ良く見ろ!」

そう言って目の前の泥棒(仮)は自分の頭を指差した。

「・・・もがっががっ!?」

なに、それ!?と言いたかったのだが、何せ口を相手の手で塞がれているので言葉にならない。
目をこれ以上ないくらいに見開いて、泥棒(仮)の頭を凝視する。

一方見つめられた泥棒(仮)は居心地悪そうである。
ピコンっと耳が跳ねた。
・・・人の耳ではない、犬の耳。
髪の間にひょっこりと生えたそれには、見覚えがあった。

(えっと、あれ・・・一体どこで見たんだっけ・・・?)

名前が思い出す前に、泥棒(仮)が口を開く。
わしわしと髪を掻き混ぜるように掻き、ぼそっと呟いた。

「さっきは飯、ありがとうな」

さっき・・・飯・・・
泥棒(仮)の台詞を心の中で繰り返し、名前は閃く。
そして口を塞いでいる手を払いのけ、相手を指差して大声で叫ぶ。

「あああああああっっっ!」

思 い 出 し た !

「私のご飯食べちゃった子!!!!」
「・・・悪かったって、腹減ってたんだよ」

申し訳なさそうに肩を落として俯くその姿が、ご飯を分けてもらえなかった時の小犬と被る。
雰囲気が全く一緒だ。

「ええっ・・・なんっ・・・犬、ひと・・・?」

最早うわごとのように呟く名前に、泥棒(仮)は困ったように笑って言った。

「俺は平助。
 なんでこんなことになってるのかは、俺も良く分からねぇ」
「分から、ない・・・」
「腹減ると、犬になっちまうみたいだけど・・・どういうことなのかはさっぱりだ」
「・・・」

そんなアホな。
絶叫したかったが、驚いて驚いて、声を出し方も分からなくなってしまった。

口をパクパクさせる名前。
泥棒(仮)・・・ではなく、平助と名乗った少年は恐々と名前の顔を覗き込む。

「だ、大丈夫か・・・?」
「わわ、私よりもっ・・・き、君が大丈夫なの・・・?」

人の心配してる場合か。
お腹が減ると犬に変化なんて、原因も分からないなんて。

「俺?俺は・・・まあどうにかなるんじゃねえかな」

あっけらかんと笑う平助。
適当だ・・・名前はガクリと脱力した。


ぐううううううう・・・・・・・・


力が抜けた途端、お腹の音が鳴り響く。
それを聞いて平助が吹き出した。

「ははっ・・・すげえ音!」

誰のせいでこんなに飢えていると思っているのか。

怒ってやりたかったが、お腹が空いて力が出ない。
驚き過ぎて、もうこれっぽちの力も残ってない。
だけど笑う平助を見ていたら、名前もなんだかおかしくなってきた。
ふつふつと笑いがこみ上げてきて、肩が小刻みに震える。

いつの間にか、二人で笑い転げてた。


笑うしかない
笑って、疲れて、目が合って・・・
また笑って




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