役立たずの劣情
耳元でぐずぐずと鼻を啜る音が聞こえる。動かそうとした体は、ダウナーを打ち込まれたせいで鉛の様に重く、全身を倦怠感が襲う。それでも利き過ぎる鼻が、薬品臭さの中に馴染みの匂いを嗅ぎ取った。
『ナナシ?』
やっとの思いで顔を横に倒せば、酷く驚いた泣きっ面と対面。
「ニコ、ラ、スッ?」
『ひでぇ顔。』
「誰の、せいだとっ、思って、の?」
『…俺だな。』
まんまるい瞳から再び大粒の涙が溢れだす。嗚咽の合間に心配したのだと告げられ、罪悪感の様な物が沸き起こった。
「もう、だいじょ、っぶ?」
『だりぃ。』
「傷の、方だよっ。」
『だる過ぎてわかんねぇよ。』
ナナシは納得いかないと言った表情を崩さない。実際納得いってないんだろう。彼女が欲しい言葉がさっきの物ではないことくらい、俺にだって理解できる。だが気の利いた言葉なんて言える性格でもない。
「ニコラス、わた、ほんとに、心配っしたんだよ?」
「…悪かった。」
ほんの少し和らいだ表情。同時に、震える彼女を抱きしめることさえできない自分に辟易した。
役立たずの劣情
(慰めることさえできない)