それは残酷な(平門ver)
ただ、ひたすらに目標だけを映すその瞳を愛おしく思った。
だいぶ昔のことだった気がする。朔と飲んだ時に、面白い話があるとあいつがしゃべり出したのが最初だった。
「今クロノメイに面白い奴がいるらしいぜ。」
「お前の面白いは当てにならないだろう。」
「そー言うなよ。輪コースの奴らしいんだけどな。なんでも、そいつやる気は人一倍あんのに、戦技がてんで駄目なんだと。」
「致命的だな。」
「だろ。」
よくあることだ。ただ彼の話によると、それでもその生徒は輪コースに居続けているらしい。誉命金目当てかそれとも単なる馬鹿か。俺の中でその生徒への印象はこの程度だった。
実際に彼女を見たのは、偶々クロノメイに行った時だった。ふと朔の話を思い出し、戦技演習を見に行った。
話題の生徒らしき人物はすぐに見つかった。“らしき”というのも、どう見ても戦技がお粗末とは言えなかったからだ。
『実力はあっても、周囲が見えていないのか。もったいないな。』
周りが見えていないせいで、力を発揮できていない。
指導官の檄が飛ぶ。
「ななし、お前はもういい!次!」
その言葉に振り返った彼女を視界に入れた時、その瞳から目を逸らすことができなくなった。
何かをひたすらに追う、そんな色だった。
『 ななし、か。貳號艇で待ってるぞ。』
彼女が貳號艇に入団するのか、それ以前に入団試験まで辿り着けるのかさえ定かでないのに、確信のようなものがあった。
暫くして彼女、ななしは貳號艇にやって来た。相変わらず周囲が見えていないせいでミスが多い。どうにかしようと必死すぎて、負のループに陥っているのが手に取るようにわかった。
日増しに陰っていく表情に、いつの間にか言葉を発していた。
「何をそんなに焦っている?俺はななしの目標に一途なところを買っているんだ。」
俺はこの時のななしの表情を、未来永劫忘れることはできないのだろう。
“夢から醒めた”この言葉がしっくりくる、そんな表情で、その瞳には確かに俺を映していた。
ななしの変化は凄まじかった。周囲に馴染み、以前までのようなミスがなくなっていった。そして、笑顔が浮かぶようになった。
『自分で救っておきながら、我ながら情けない。』
矛盾する感情に悩まされながらも、変わらない瞳に囚われ続けていたんだ。
「ななし!」
何が起こっている?知らせを受けて現場へ向かえば、広がる紅い海と彼女の姿。
「チッ、もう来ちまったのかよ。」
対峙していたであろうヴァルガがそう吐き捨て消えた。追いかけようにも、体は彼女の方へ駆けだす。
「 ななし!しっかりしろ!」
身じろぎ一つしない体を起こし名前を呼ぶ。正確には“叫ぶ”と言った方が的確だろう。初めて聞く響を含んだそれに自分自身で驚いた。
急に周りが騒がしくなった。燭さんが来たのだろう。立場を考えろなんて言ってる暇はない。早く彼女を。
俺の腕の中にいるを見た瞬間、燭さんの顔から色が消えた。ほんの少し様子を診た彼は、静かに首を横に振った。
『駄目なのか。』
彼女の最期を悟ったにも関わらず、その事実は何の波紋を作ることなく受け止められたようだった。紅に沈んだ姿を見た時から、結末は分かっていたのかもしれない。
「ななし。好きだった。」
前触れなく口から出た一言に、自身を嘲笑ってしまう。
『何が分かっていただ。』
最後にと彼女の顔を見れば、苦痛に歪んでいた顔にはいつの間にか微笑みが浮かんでいた。
(聞こえていたのなら微笑みではなく、君の瞳に映り続ける未来が欲しかった。)
後書き
『それは残酷な』の平門さん視点、のつもりです。キャラが迷子…うーん精進します。こんなんですが、読んでくださってありがとうございました!