1.5: 神様のイタズラ

あの人が、ななしさんが帰ってきた。

こんなに心弾む瞬間はいつ以来だろうか。




「なんだ、えらく頑張っているみたいだな平門。」

「ななしさんっ!」

「そんなに気をはっていたら最後まで持たないぞ。」

可笑しそうに笑うななしさん。俺たち貳號艇闘員が誇る艇長。


―そして俺の想い人だった。



貳號艇長、ななし。国家機関“輪”唯一の女性指揮官。美しく、聡明で強かった。



「全く、あいつらは私たちを何だと思ってるんだ!」

「落ち着いてください、ななし様。」

「落ち着いてられるかっ!悔しいとは思わんのか?」

「そういう問題ではないでしょう?」

溜息を付きながらななしさんと口論する副指揮官。幾度となくそのポジションを羨ましいと思った。あの人に近づきたい、傍にいたい。唯の闘員だった俺の願いだった。





だが、その願いは一瞬にして散った。



その夜、待機していた俺たちはヴァルガに奇襲を受けた。

「くそっ!」

次々に倒れていく闘員たち。辺りには血の臭いが充満していた。

「平門!!」

聞こえた副指揮官の声。振り返った先には、こちらに狙いを定めた敵の姿。

『ここまでか…』

次の瞬間に聞こえた肉の裂ける音と血の臭い―

それにもかかわらず、やってこない痛みに疑問を抱いた。

「 大丈夫かっ?」

「えっ、」

聞こえてきたのはななしさんのもの。

目を開けた瞬間に映ったのは、俺の代わりに刃を受けたななしさんだった。

「ななしさんっ!!!」

「なに、ゴボッ、ごほっ。大丈夫さ。」

虫の息の貴方。

「っ、ななし様!?」

敵は駆け付けた副指揮官によって殲滅されていた。次々に駆け寄ってくる闘員たち。

「なんて顔してる。大した怪我じゃな、ごほっ、」

「もう喋らないでください!!」

「すみません、俺のせいで…」

「馬鹿者っ!」

咽返るななしさんが構わずに叫ぶ。

「部下をっゲホ、守るのがっ、私の役目だ!」

周囲が息をのんだ。

「私にっ守られたことを、誇りに思え!!」

「  ななしさん…」

「無茶苦茶ですよななし様っ。」

「はは、は―」

笑い声が止まった。

「ななし、さま?」

「…」


笑顔のまま動かないななしさん。
赤に染まったその姿をも美しいと思った。



「何だ!?」

突如ななしさんの周りが光りだした。

「ななしさん!!」

暫くしておさまった光。再び暗くなった場所にななしさんの姿はなかった。




どれだけ探しても見つからなかった。時間だけが空しく過ぎていく。そして俺は貳號艇長に就任した。


ななしさんがいた地位。あの人に追いつきたかった。でも、あの人に取って代りたかったわけじゃない。


それが昔のこと。


そして今、あの人が戻ってきた。


「燭さんっ!!あの人は!ななしさんは!?」

「落ち着け!!」

形振り構わず研案塔まで走ってきた。乱れた髪すら今はどうだっていい。

俺の取りみだし方に驚く職員たち。燭さんは知っているからさほど驚いてはいない。

「いいか平門。落ち着いて聞け。」

そう言って、燭さんが告げた事実は俺を絶望に落とした。


信じられないまま、あの人のいる病室に向かった。

気配を消して入った部屋。彼女があの人であるなら気づくはず―

「何なのよいったい―」

シーツを握りしめつぶやくあの人。俺に気付かない。

『検査の結果、彼女は元貳號艇長ななしと同一人物だと診断された。本人もななしと名乗っている。―だが、』

「  何がそんなに悲しいんですか、ななしさん?」

「誰っ!?」


『私たちを覚えていない。』


こちらを振り返ったななしさんの瞳には混乱しか映っていなかった。


「 本当にっ、覚えていないんですか?」

まだ、信じたくない…

「何でそんなこと聞くの?」

姿形はあの人だから

「知らない!!ここが何処なのかも、貴方が誰なのかも!!」

突きつけられた事実を受け入れるしかなかった。

爆発した彼女は叫び続けている。

『―大丈夫…』

「もう大丈夫。」

あの人と同じ姿をした彼女を抱きしめる。違うと分かっているのに、強まる腕の力。

「うぅ、離して…」

咽返る彼女にも、あの人との違いを見た。

「それは出来ない相談です。貴方がこんなに苦しんでいるのに。」

今彼女を苦しめているのは確実に己だ。それを棚に上げて、腕の中の存在を確かめる。

「俺は平門です。貴方が覚えていないのなら、これからまた知っていけばいい。」

真実か、それとも虚実かその言葉と共に抱擁を解いた。

勢いよく酸素を取り込む彼女。俺に脅えた目を向けていた。

「そんな顔しないでください。」

そんな表情を向けて欲しいのではない。

「今はまだ眠っていてください。」

耐えきれなくなった俺は、彼女の意識を奪った。



神様のイタズラ


(―たすけて)

(誰に向けられたか分からない言葉)

(確実に言えるのは、自分に向けられたものではないということ)




あとがき
1.5は平門視点でお送りしました。『あれ?主人公と副指揮官が某死神漫画のお二人に似てないか…』なんて思いながら書いてました…単に私がそんな上下関係が好きなだけなんすけどね;

とまぁ、ここまで読んで下さった方!ありがとうございました!!!

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