恋バナはTPOを選ばない!
「ね、伊地知さんって、日向子さんのどこに惚れてんの?」

突如として降ってきた質問に、伊地知は危うくアクセルを踏み込みそうになる。

「え、ははは、釘崎さん、大人を揶揄うものでは、」
「伊地知さん、日向子さんに気があるのバレバレ。」
「ええ!?」
「分かりやすいったらありゃしない。ねぇ伏黒。」
「俺に振んなよ。まぁ否定しないけど。」
『否定しないんかーい!』

飛び火した伏黒君にまでそう言われ、いよいよ伊地知はパニックに陥った。運転中という事もあり、何とか安全運転を心がけるも、その動揺は隠せず。そわそわとハンドルを握る手の力を緩めたり強めたり。ちらりと見たバックミラー越しに、興味津々といった表情の釘崎と目が合った。

「さぁ!ゲロっちゃいなさい!」
「はぁ、すみません伊地知さん。」
『あぁ、私に逃げ場はないんですね…。』

そっと雰囲気を察した伊地知は、覚悟を決めて口を開く。

「あの、私そんなに分かりやすいですか?」
「自分で気づいてないの?バレバレもバレバレよ。」
「も、もしかして、日向子さんにも、その、バレてます?」
「…」
「ひぃぃ!?何か言ってください釘崎さん、伏黒君!」
「…恐ろしいことに、あの人分かってないわよ。」
「分かってないのあの人だけですよ。」

たっぷりの間を開けて釘崎さんが言った一言にほっとする。続いた伏黒君の言葉も同じで。少し悲しさを覚えるも、自分が想いを寄せる彼女はそういう人物だと気を取り直す。

「は、はぁ、よかった。」
「はぁ?何が良かった、よ。見てるこっちがむしゃくしゃするの!」
「あはは、そう言われましても。」
「さっさと告って、玉砕するなり、砕け散るなりしなさいよ。」
「釘崎…。」
「あ、振られること前提なんですね。」
「知らないわよ。私は日向子さんじゃないもの。」

釘崎さんらしい返答に苦笑を止められないが、他人から言われるとやはり凹む。やっぱり脈なしに見えるのか。シュンと下がるテンションを察したのか、釘崎さんが口早に続ける。

「でも、ほんと日向子さんどう思ってるんだろ。何か脈ありげなエピソードとかないの?」
「そこまで聞くんですか!?」
「突っ込んで聞きすぎだ。」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。アンタだって気になるでしょ?」
「…別に。」
「バッチリ気になってんじゃない。さ、レッツゴー伊地知さん!」
「拒否権を、」
「そんなもんあるわけないでしょ?」
「ひぃ!」

背後にちらりと見えた藁人形に怯えながら、何かあっただろうかと必死に記憶をたどる。女性が好みそうな話題と思い出したのはたった一つだった。

「えと、私達が高専の同期だという事はご存じですか?」
「え?そうなの?」
「初耳です。」
「そうでしたか。まぁ、大々的に言っていることではありませんし、最前線の呪術師と一介の補助監督ですからね。」
「何よそれ。言い方がむかつく。」
「あはは、なんというか、実力主義と言いますか。」
「で、それで?」
「学生時代の事ですが…。」

伊地知は思い出す。まだ呪いと言う世界をきちんとわかっていなかった頃の自分と彼女を。あれはいつだったか。先輩の一人が任務で亡くなり、別の先輩が離反したころだったと記憶している。悪いことは続く。それを地で行っていた時期があったのだ。

「危ない!」
「え?」

それは討伐を終えた緊張感が緩んだ瞬間だった。残党ではなく、運悪く会敵しただけだった。だが、任務を終え緊張の糸が途切れた瞬間、迫りくる呪霊にその場の誰もが反応できなかった。唯一、一線置いて見ていた伊地知を除いて。考える間もなく、伊地知は日向子の前に躍り出ていた。

「っう!」
「伊地知!?」
「クソッたれ!」

切り裂かれた腕が痛む。痛い、血が止まらない。いつの間にか同期によって祓われていた呪霊のことなど頭にはなく、思った以上に深手を負った伊地知は、ここで死んでしまうかもしれない、そう思った。

「伊地知っ!」
「日向子、さん?」
「諦めちゃ駄目!絶対ダメ!絶対!頑張って!」

痛みに翳む視界の中、今にも泣き出しそうな日向子さんが駄目だ、頑張れと叫んでいる。もう一人の同期に抱えられ車に乗せられ、高専に着くまでの間、彼女はずっと頑張れ、死んじゃ駄目だと言い続けてくれた。多分その声がなかったら、伊地知はそこで言葉を止める。

「ありがちね。」
「はは、そうですね。それでも、医師の治療を受けた後、真っ先に駆け寄ってきた日向子さんの目元が真っ赤で。私なんかのために泣いてくれるのかと胸が熱くなったんです。」
「素敵ですね。」
「ありがとうございます。」

死と、裏切りが身近にあると知り、それでもどこか違う世界の事のように感じていたあの頃。呪いは見えても、己の力では到底太刀打ちできないと現実を知り、更に上には上、最強とはと言うものを知って打ちひしがれ、自信を失っていた伊地知の為に死ぬなと涙を流してくれた日向子。それは若さゆえかもしれない、言ってしまえば吊り橋効果かもしれない。それでも伊地知が彼女に恋心を抱くには十分すぎた。

「告んなさいよ。」
「え!?」
「そうですよ。そこまで想ってるんなら、さっさと行動すべきです。」
「伏黒君まで…。」
「あのね、伊地知さん。日向子さんって結構人気なのよ?」
「へ?」
「やっぱり気付いてなかったのね。一級呪術師で強いけど、気さくだし。めっちゃ美人ってわけじゃないけど、喋ってると元気貰えるじゃない。」
「ええ。」
「だから、呪術師だけじゃなくて補助監督とかにも日向子さんを狙ってる人多いのよ。」
「そう、何ですね…。」
「五条先生とも普通に接して、物おじしないとことか良いって言ってる人いましたよ。」
「…。」
「五条との関係とか、伊地知さんとのやり取りとか聞いて、ガンガンアタックする奴はいないらしいけど。伊地知さんがそんなんじゃ時間の問題だわ。」

釘崎さんと伏黒君の言っていることに心当たりは正直あった。高専で立ち話をするとき、私達、と言うより日向子さんに向けられている視線だとか。五条さんや七海さんと雑談している彼女に対する周囲の会話だとか。たまに男性呪術師や補助監督に呼び出されていることだとか。言いだしたらキリがない。

「ねえ、伊地知さん。」
「は、はい、何でしょうか?」
「ウジウジ悩んでたって始まらないわ。」
「確かにそうですが。その、駄目だった時のことを考えるとどうしても…。」
「カーッッ!!やる前から諦めてんじゃないわよ!それでも男なの!?」
「ヒエッ!その、随分長い片思いですし。年も取りましたし、そのあたり立ち直れない気がして…。」
「はぁ、そんなんじゃ他の人に取られちゃうわよ?それでもいいの?」
「っ、それは…。」
「それは、じゃないわよ。男ってホント情けないわよね。そのくせ自分勝手。」
「ははは、否定できないのが痛いところですね。」
「男見せなさい。応援してるから、私達。」
「達って、俺も入ってんのかそれ?」
「当たり前でしょ。」

当然と言い切る釘崎さんに、少し間を開けて伏黒君が応援してますと付け加えてくれた。彼の性格を考えて、多分それが嘘偽りではないと悟る。実際、バックミラー越しに見た2人は困った様子でも、何か裏があるような表情でもない。ただ、真剣に私を応援してくれているそう思えた。

「…頑張ってみます。」

小さく、それでも確かな強さを持った返事が口から滑り落ち。後部座席から背を押す声援が返ってくる。伊地知は帰ってから彼女を飲みにでも誘ってみようと意気込んだ。



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