唄は千夜を超えて
高校生にして、人生初めての東京。しかも今日は観光ではなく、発表会と言う大きな目的がある。それにもかかわらず、中森日向子は一人ボケッと歩道に突っ立っていた。

「困った。」

ポツリと呟いた声は小さく、周囲に届くことはない。さらに言えば、周囲は歩道に突っ立っている大荷物の日向子を邪魔そうに睨みつけ、その手に白杖を持っていると分かるや否や、関わり合いたくないとばかりにそそくさと立ち去っていく。

「迷った。」

中森日向子、全盲の彼女は大都会東京で迷子になっていた。

『ここ何処だろう?母さんとの集合場所…。タクシーの人に聞けばよかった。』

もう高校生だからと先に母を会場に行かせたことが仇になった。気軽に乗ったタクシーも地元と勝手が違って、中々目的地が伝わらず、結果その近くで降ろされると言う事態に陥って。連絡をとスマホを出せばずっと通話中。道行く人に尋ねようにも、皆駆け足かと思うほど早く移動していて、引き留めて話しかけていいのか戸惑うレベル。完全に八方ふさがり状態だと日向子はため息をついた。

「あの!」
「私?」
「はい!あの、何かお困りっすか?」

大きな声が自分に向けられていることに、日向子はホッとして経緯を話す。声の感じからして、まだ若い青年のようだ。もしかしたら同じ高校生くらいかもしれない。そう考えていると、背後から他の足音と声が増える。話の内容からして、お友達の様だ。

「虎杖、急に車から出るな!」
「伊地知さん、マジビビってたぞ。」
「ご、ごめんて!後で謝るからさ!それより、こちら中森!迷子なんだって。」
「中森です。迷子です。」
「はぁ!?迷子ってアンタ、どっからどう見ても現地民じゃないでしょ?目見えないのに、東京で1人歩きするとか馬鹿なの!」
「おい、釘崎。言い方。」
「ごもっともで。」
「いや、中森、もちょっとさ、否定とかしよう?」
「なぜ?」
「はーっ!真面目ちゃんか!!」
「?」
「まあまあ、で、どこ行きたいんだっけ?」
「■■会館です。」
「■■会館って、ここ裏手口ですよ。」
「伏黒、マジで?」
「マジ。」

何と私は目的地の裏手口にあたる歩道にいたらしい。全然違うとこじゃないなんて思ってごめんなさい、タクシーの人。3人に誘導されて正面入口へと歩き出した時、新たな声が聞こえた。

「おい、女。」
「私でしょうか?」
「お前以外に誰がいる。」
「はぁ。」

私とその人以外の3人の気配が強張る。そんなもの気にならんとばかりに、偉そうな男の声は続く。この人が伊地知さんなのだろうか?だとすると、急に車を出た虎杖君はとても怖いお説教を受けるのでは?あぁ、弁解せねば。

「伊地知さん、虎杖君は悪くありません。」
「たわけ、誰だそれは。」
「はぁ。」
「ため息をつきたいのは俺の方だ。全く、どうしたらそうなる?」
「生まれつき?気が付いたら?」
「はぁ…。昔から変わった奴ではあったが、ここまでとは。」
「初対面ですよね?」
「ふむ。女、お前のそれは三味線か?」
「はぁ、そうですけど。」
「どれ、弾いてみせろ。」
「え、嫌です。」
「あ゛?」

急激に下がる温度に、東京は天気がコロコロ変わるなと思っていると、お前何してんだよと虎杖君の慌てた声がしだした。どうしたんだろうと思っていると、釘崎さんが恐る恐ると尋ねてくる。

「中森、アンタ、さっきの声聞こえてんの?」
「はぁ、お話しできました。」
「中森、お化けとかそういうの見えるってか、感じる人?」
「お化けですか?特に気にしたことは。」
「そっか。あのさ、今ここに何人いると思う?」
「足音からして、私を入れて4人です。」
「…中森さん、両面宿儺ってご存じですか?」
「いいえ、初耳です。」

押し黙ってしまった3人と交代するように、私の名を呼ぶ母の声が聞こえてきた。無事に私と合流できた母は、連れてきてくれた3人へと盛大に謝った後、私の手を引く。急いでその声を聞きながら、振り返り先ほど伝え忘れたことを叫んだ。

「三味線、発表会で弾きます!無料です!」


嵐のように連れられて行った迷子の女性を見送った後、虎杖、伏黒、釘崎の3人はその場を動けないでいた。そりゃそうだ。なんたって、彼女は両面宿儺と会話したのだから。

「五条先生呼んだ方がいいかな?」
「そうだな。あ、あの人、今日出張。」
「なら、伊地知さんね。電話するわ。」
「阿呆。まずはその発表会とやらに行くぞ。」
「ばっ、お前な!あの人呪いとかかわらせる気かよ!」
「馬鹿はお前だ小僧。あれは既に手遅れだ。」
「…お前何した。」
「ケヒッ、ヒヒ。知りたければさっさと聴きに行け。」
「釘崎、伊地知さん連絡よろしく。伏黒行こう。中森が危ないかもしんねぇ。」
「任せなさい。直ぐ行くわ。」
「あぁ。」

スマホ片手にサムズアップした釘崎を残し、虎杖と伏黒は■■会館へと足を踏み入れた。今日のイベント一覧と会場図を確認。三味線の文字を頼りにBホールへと駆け出す。

「虎杖、お化け感じるかって質問の回答覚えてるか?」
「特に気にしてない、だった。」
「あれ多分、感じるけど特に気にしてない、だろ。」
「だね。」
「なんで、こんな時に居ないんだよあの人。」
「仕方ねーよ。五条先生忙しいもん。兎に角、行ったら分かるみたいだし。ヤバそうなら俺らで何とかしよう。」
「あぁ、伊地知さんに共有しときゃ大丈夫だろ。」
「うっし、Bホール!」

伏黒と顔を見合わせて頷きあう。意を決して会場の扉を開く。中は発表会と言うだけあって、壇上だけ証明が付いていて薄暗い。さっと辺りを見回して、呪霊の影がないことに一安心。会場はそれなりに人が座っていたが、最後尾あたりに人影はなく。数分後に合流した釘崎と3人中央の最後尾に腰を降ろした。

「伊地知さんは?」
「外。連絡してから来るって。」
「中森さん何番目なんだ?」
「中盤じゃない?」
「おい、煩いぞ。黙って聞け。」
「誰のせいだと…。」
「ヒヒッ。」

数人の演奏が終わって、先ほど別れた中森が壇上に現れる。会場アナウンスが中森日向子と奏者名を告げて、彼女が席についた。フルネーム中森日向子って言うんだ。記憶を辿ろうとした瞬間、演奏が始まって会場の雰囲気が変わった。隣の伏黒と釘崎の息を飲む声が聞こえてくる。いや、もしかしたら俺のだったのかもしれない。

「シーッ。3人共、動いちゃだめだよ。」

背後からここに居るはずない五条先生の声がして、飛び上がりそうになった体を何とか抑えこんだ。動くなを守った俺たちを褒めて欲しい。だが、この時俺たちは背後に感じる五条先生の呪力に心底安心していた。ケヒッと言う独特の笑い声は、突如として会場に集まった大量の呪霊たちの声に消えていった。

「ヤバいね彼女。」

演奏が終わって拍手の中、中森が一礼をして壇上を下がっていく。その頃にはあんなに居た呪霊はほぼ消えていて。あの光景は夢かと思ったが、五条先生の呟きにあれが現実だったのだと気を引き締める。とりあえず出ようかと言われて、4人はホールを後にした。

「伊地知に聞いて飛んで来たけど。来てよかった。さっきの迂闊に動いてたら、ここ血の海だったよ。」
「マジ?」
「大マジ。あの能力もヤバいけど、一番は宿儺。」
「なんだ呪術師。」
「君、あの子に何をした?」
「ヒヒッ、クハハハ!何しただと?俺はただ礼をくれてやっただけだぞ?」
「は?俺、今日が初対面なんだけど。」
「それはお前の話だ。俺は、あの女の前世に会ったことがある。」
「前世って。いきなり壮大ね。」
「その時に宿儺が中森さんに渡した『お礼』とやらが原因ってことか。」
「流石だ伏黒恵。」
「良かったね恵、宿儺に褒められたよ。」
「それどころじゃないでしょう。あの人大丈夫なんですか?」
「んー、呪霊による彼女への被害はないよ。多分。」
「はぁ?あんだけ寄って来といて?」
「そうだろ宿儺?あの子の前世、君の奥さんか子ども?」
「たわけ、その辺で会った瞽女だ。」
「嘘でしょ?普通そんな奴、眷属にする?いや、あの力だったらありえるのか?」
「先生、眷属って…。」
「家来、配下の者、あの子、宿儺の力が混じってる。」
「嘘だろ。」
「ケヒヒヒ。唄の礼に、俺の血を与え、この手で殺してやったのだ。当然眷属になるだろうなぁ。」
「お前ッ!!」
「ストップ悠二。宿儺自ら血を与えて、それを取り込んでるのかぁ。参ったね。」
「どうすんのよ…。器と同じくらいヤバいでしょそれ。」
「ま、保護一択っしょ!」

先程までの不穏な雰囲気をぶった切るいつもの五条節に、この時ばかりは心底感謝した3人であった。

「はぁ、私は呪いがかかっていると。」

この後、五条先生主導で現状を説明された中森は、そうですかとまるで他人事のように返事をするから驚いたのは言うまでもない。むしろ気絶した母親の方が正しい反応とさえ思えてくるレベルの無関心さに、五条先生も引き気味だ。

「もっと、こう、えぇ!?呪いって!!?みたいにならないの?」
「はぁ、そうですか、としか。」
「イカレてんね〜。」
「あのさ中森、お化けってか呪い感じてるよね?」
「はい。よくいらっしゃいますね。」
「良くいらっしゃると来るか〜。驚くほど受け入れてるね。で、それはどういう時?」
「三味線弾いている時です。」
「リアル耳なし芳一。」
「耳はまだありますよ?」
「んん゛、回答っ!」
「三味線が呪具とか?」
「じゅぐ?」
「残念!ハズレ。その三味線は呪具じゃない。中森ちゃん自身の力。そうだよね、宿儺?」
「ああ。」
「五条先生どゆこと?」
「中森ちゃんはさ、巫女さんなんだよ。」
「いえ、高校生です。」
「「「ブフッ。」」」
「くくっ、いや、そういう意味じゃなくて。舞とか音楽で神様を楽しませる、鎮める力を持ってるって意味。」
「はぁ。」
「ピンと来てないでしょ。ま、それもそっか。その辺の巫女さんはそんな力持ってない一般人だからね。」
「へぇ。」
「アンタ他人事過ぎでしょ。でも、それがどう呪いと関係あんのよ。」
「さっきの見た感じだと、その効果が呪霊にも発揮されてるっぽいんだよね。」
「呪霊を楽しませるって、本気で言ってるんですか?」
「本気も、本気。恵だって見たでしょ?さっきの呪霊たちが大人しく聴いてたの。」
「そうですけど…。」
「だから中森ちゃんの演奏の邪魔とかしようものなら、地獄絵図確定。下手したら呪いだけじゃなくて、神罰も降る可能性が有る。」
「滅茶苦茶ヤバイじゃないですか。」
「いやぁ、今まで大事になってないのが奇跡だよ。」
「じゃあさ、宿儺のお礼はそれに関係してんの?」
「それは瞽女に関係してると思うな。」
「ごぜって?」
「昔いた盲目の女旅芸人のこと。各地で唄とか三味線を披露して、お礼に食べ物とか宿を提供してもらってたんだ。」
「え、呪いに感謝の気持ちとかあんの?」
「僕も呪いにそんな感情あるとかびっくりだけどさ。宿儺の話もあるし、中森ちゃんの演奏に対して呪いがお礼を返してるとしか考えられないんだよね〜。」
「あぁ、確かに助けてもらったことありますね。」
「うわぁ、呪いに助けられたとか、アンタほんとに人間?」
「生物学的には。皆さんいい方々ですよ?」
「んん゛、よし!中森ちゃん、高専来よう!」
「え、嫌です。」
「残念!ぶっちゃけ、中森ちゃんに拒否権はないんだな!」
「え、嫌です。」
「さぁ!行こうか〜!」
「嫌です。」

嫌だと拒否する中森さんを宥め、何とか連れて行った高専でお試し演奏会が行われ、結界を超えてやって来る呪霊に一騒ぎあったのは言うまでもない。


<いらない用語解説 from wikiと設定>

巫女→舞姫、御神子とも呼ばれる、神様に仕える女性の事。神楽(舞や音楽など)を奉納するなど、神事では不可欠の存在です。でも神職ではないため、アルバイトが可能。古来は神楽を舞う他、祈祷、占い、神託を得たり、口寄せをしたりしていた。時代が経つにつれ、各地をさまよう歩き巫女と宮に仕える者に分かれたそうです。

そう、中森ははからずも瞽女の時、歩き巫女状態だったんですよ。きっと血筋なんでしょうね。ただ、彼女は盲目故に何も知らされず、村に来た瞽女に弟子入りさせられています。盲目故に人も呪霊も見えないし、悪意はどっちも変わらない、さらにどっちも普通に聴いてくれるから一緒だよね精神のせいで、呪霊にまで影響を与えてしまった異常者。呪いは呪いで、お礼というよりも、自分たちを愉しませる存在を消したくない、邪魔されたくないだけ。宿儺もその一人で、邪魔されたから呪術師を殺したし、生まれ変わった時に見つけられるように眷属にしてみた。結果、因果が生まれ、彼女はそのまま生まれ変わってしまったとさ。記憶ないけどね。むざん様みたいな能力ではないから、行動に対する制限や強制力はない。ほんと、自分に連なる者って目印程度だと思ってます。



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