唄十夜
『――♪』

虎杖の持つ通信端末から今日もまた音が聞こえてきて、彼の中に居る両面宿儺は顔を顰める。ここ数日、虎杖が聞いている高田ちゃんの新曲だが、あいにく宿儺にとってジャカジャカと煩い騒音でしかない。

「おい小僧。うるさいぞ。」
「久しぶりに出てきたと思ったらそれかよ。いい曲じゃん。」
「何処がだ。騒音の間違いであろう。」
「うわ、ジェネレーションギャップ?ほら、これとか今流行り。」

じぇね何とかは分からなかったが、続けて流れてきた音に宿儺は変わらんと顔を顰める。これが唄なぞ、世も末だなとため息を一つ。呆れ混じりに、唄と言うものはと思い出すのは、三味線と女の声。

『あれはいつだったか。』

自分がまだ生きている頃に、たった十日間だったが傍に置いた女。彼にとってはたった十日だが、人外の容姿をした両面宿儺と十日も過ごしたという事実は、聞けば誰もが驚くだろう。しかしその事実を知る者は、過去遡ってもあの女以外に居ない。何せ十日目に女を殺したのは宿儺自身なのだ。

「もし、この村のお方でしょうか?」
「あ゛?」

腹が減ったからと気まぐれに蹂躙した村で、女は血まみれの宿儺に話しかけてきた。瓦礫と血潮香るこの場で血濡れた己に話しかける存在を振り向いて、その姿を視界に入れる。小柄なその女は、冬の雪道を歩くためにしてはしっかりした重装備で。背中に背負った布に包まれた塊、手には木の杖、極めつけに閉じられた双方の瞼を確認し、宿儺は女の正体を悟る。

「瞽女か。」
「へい、一報入れておりました日向子にございます。」
『なるほどな。それで冬場にしては良い食い物が揃っていたわけか。』

盲目の女旅芸者。彼女たちは津々浦々を旅し、芸を披露する代わりに、村人から食べ物を恵んでもらう。農村における数少ない娯楽の1つであり、その瞽女の中には呪いさえ相手にするものがいると、呪いの中でも屈指の存在である宿儺の耳にさえその噂は届いていた。

「ふむ、ならば聴かせてみせよ。」
「へい。より合い場はどちらでござんしょ?」
「ここでよい。俺の気が変わらないうちにさっさとしろ。」
「へい。では少々お待ちを。」

ゴソゴソと背から包みを降ろし、取り出した三味線を1、2度奏でた女が唄いだす。七七調の文句が同じ節回しで続けられる。それはくどいほどの回数を重ねても、奇妙なことに宿儺の気分を害することはなく。むしろこれが噂のと興味深ささへ覚えさせた。

「女。」
「へい、何でござんしょうか?」
「持ち唄はどれほどある?」
「皆々様のお望みの数だけ。」
「この村には何日滞在するつもりだ?」
「十日ほどご厄介になれればと。」
「そうか、ではその十日間、全力で俺を楽しませろ。」
「へい。若輩者ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。」

その日から、瞽女と両面宿儺の奇妙な生活が始まった。夜は倒壊を免れた家屋で暖を取り、昼は女の唄を聴く。女は必ず『口説き』に始まり、『段もの』を一節唄った。曰く、女が唄う『段もの』は十節で、丁度良いので十日間かけて唄いあげるのだと。瓦礫の山と化したとある農村に響く三味線と唄声。三日もすれば観客は宿儺だけではなく、隠れてはいたがあちらこちらに呪霊が寄って来ていた。

「おい、女。」
「へい。」
「貴様、今までどれほどの呪いに聴かせてきた?」
「貴方様のような方はお初にお目にかかりますが、周囲の皆々様でしたら津々浦々にて。」
「ほう。理解できてなお、怖がらぬか。」
「この身には、どなた様も等しきゆえ。」
「ケヒヒ、貴様にとっては人も、呪いも変わらぬと。」
「へい。皆々様に芸を披露するだけにございます。」
「よい、よいぞ。分不相応だが、許そう。」
「有難き幸せにて。」
「女。」
「へい。」
「貴様の唄は我らに心地よい。」
「はぁ。」
「あまり分かっておらぬな。まあ良い。だが、呪術師には見つかるな。殺されるぞ。」
「…へい。」

珍しく返答までに少し開いた間。何かあるなと思ったが、それもまた一興と宿儺は目を瞑ったのだった。

そして十日目。最後の唄を、宿儺を始めとする多くの呪いが聞いている最中、一人の呪術師が飛び込んできた。囮か、そう思ったのも束の間、その呪術師は瞽女へと術式を振るう。宿儺が腕を振るい、呪術師の首が飛ぶ。だが一歩遅く、女の腹は抉られていた。

「貴様、既に呪術師に追われていたのか。」
「へい、放浪の身に加え、皆々様のお力添えにて、此度まで生き延びてまいりました。」
「力添え、貴様の唄への礼だろう。」
「一人で生きてゆけぬ、私のような者への、ご慈悲かと。」
「ケヒッ、呪いに礼をさせて、慈悲と宣うか。」

ゴポリと女の口から血が零れる。

「死ぬのか。」
「へい。その様で。」
「許さん、最後まで唄え。」
「ゲホッ、ゲホ。」
「唄えぬか。」
「へぃ。もうし、ございせん。」
「はぁ、つまらん。つまらんぞ。」
「もっ、わけ、いせん。」
「ふむ。折角だ、この俺が礼をしてやろう。」

宿儺はそういうとニタリと嗤い、己の指を噛む。そして青ざめていく瞽女の冷たい口に接吻を1つ。一瞬の出来事だが、離れ際に彼女の唇を濡らした温かな血がそれが現実だという事を物語っていた。

「次は先に呪術師に見つかるなよ。」

この十日で初めて見た瞽女の濁った双眼は、見開かれ、そしてゆるりと緩む。宿儺は返事はいらぬとばかりに、息も絶え絶えな女の心の蔵を貫いた。

『あの女、名は確か日向子だったか。』

そこまで思い出して、宿儺はにニヤリと嗤う。

「おい、小僧。瞽女唄を聴かせろ。」

礼として、己が血を分け与えた瞽女。それがどのような意味を持つのか、きっと理解しているのは彼だけしかいない。


<ちょっと用語解説 from wiki>
瞽女(ごぜ)→江戸時代から昭和初期にかけて実際に存在した盲目の女旅芸人。三味線や鼓を奏で唄を披露することで、生計を立てていた人たちです。瞽女唄は、彼女たちが唄う独特の節回しを持った唄のこと。その中の『段もの』は、小休憩挟んで続きを聴く感じらしい。

時代背景めちゃくちゃですが、きっと宿儺さん存命の時も似た方はいらっしゃったはず…。結果、耳なし芳一とアラビアンナイト、夢十夜が混在する何かになりました。
 


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