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「ア/ン/パ/ソ/マ/ン/は、きみっさー!」

斑鳩偲喜5歳

「げんきをだしってー!!」

ただいま山の中で遭難しております。

「梅を見に行きましょう!」

全ては奥方、いや母さんのこの一言から始まった。先日の呪詛師のせいで様子がおかしかったのを、悠君と喧嘩したと捉えた母さんが提案したのは少し早い花見。仲睦まじい両親はすぐに見頃を調べ、あれよあれよと旅支度。お留守番(摂理)の豆太郎が地団太を踏む姿を視界から外し、県境を越えてたどり着いた梅林公園。満開はもう少し先だろうが、それでも園内のいたるところが、白、赤に色づいている。

「おお!」

花は好きだ。魂だけで彷徨っている頃は良く大樹の木陰や見事な藤棚に足しげく通っていた。酒が欲しくなるがね。とまぁ、ふらふらと園内を赴くままに散策した結果、梅は消え、ただの森になっていましたとさ。

「きぃみは、やさしい、ひぃろぉっさー!」

踊るか?と一瞬思ったが、それより歌ってる方が発見されやすいだろうと思い立って今に至る。鬱蒼とした森に響く何度目かのア/ン/パ/ソ/マ/ンたいそう。5歳児らしいチョイスにしたはずなのに、誰も来る気配はない。

『もしや、これは踊りながらでも移動した方が良かったか?』

そう考えた時、正面の方から呪力を感じた。

『いやいやいや、関わらない、私は関わりたくないんだ。』

お呼びじゃないんだよ!そう考えている最中も、その呪力はそこを動こうとはしない。ならばとりあえず歌っておこう。さて、出だしは…。

「ア/ン/パ/ー/ソ/マ/ー/ン!!」


2008年2月X日(快晴)

とある山に調査任務に来ていた七海建人は、山中から聞こえてくる有名な幼児アニメのテーマソングに痛みを覚えるほど頭を悩ませていた。

『呪霊、なのか?』

今回の任務は討伐ではなく、あくまで調査。さらに人目に付きにくい山とあって、避難指示は出されていない。付き添いの補助監督による帳が降ろされている程度である。

「―マン―っさー!」

七海は優秀な学生だ。歌声を聞いた瞬間耳を呪力でガードし、呪霊と呪詛師両方の線を疑った。だが、聞こえてくる歌声はあどけなく、演歌やJPOPではなく幼児が好むキャラソン。これで呪詛師だったら目も当てられないと、早々に呪霊路線のみと思考を整理。とは言え、歌う呪霊など聞いたことも、会ったこともない。

『繰り返しているとはいえ、何小節か歌っている。』

低級の呪霊は単語や言葉を、意味なく繰り返したりする。故に言語を操り、意思疎通が図れるレベルは、最低でも1級レベルに相当するだろう。だが『歌』である。歌詞を何小節か覚えることなどあるのだろうか?まだ学生の七海には等級の判断を下すには材料が少なすぎた。

『クソッ!』

また事前の調査不足かと憤りを感じる。自分も調査に来ているが、それでもその前に来る者たちがいる。だが小賢しい呪いはそう簡単に本性を出さない。所詮行き当たりばったりで、呪術師がどうにか対処するしかないのだと現実を突きつけられた昨年の夏。

「きぃみは、やさしい、ひぃろぉっさー!」

聞こえてくる歌詞に、先に逝った同期を、離反した先輩を思い出し、苦い気持ちが湧き上がる。あの自己犠牲の塊のようなヒーローほどではないが、確実に自分より優しかった2人の有様を。

『何が優しいヒーローだ。』

今なら呪術師といえど呪いを発生させれそうだな等と心の隅で冷静さを装いながらも、どうしても歌うのを止めて欲しくて足が動いてしまった。

「ア/ン/パ/ー/ソ/マ/ー/ン!!」
「歌うのをやめて下さい。」

少し開けた木の下に女児がいた。

「ア/ン/パ/ソ/マ/ン?」
「違います。」
「バ/イ/キ/ソ/マ/ン?」
「違います。」
「じゃあ、ジャムおにいさんだね。」
「何故そうなる。」

立ち上がりスカートの土を払った女児がニパリと笑って、チ/ィ/ズがよかった?と一言。常の七海ならば『ひっぱたきますよ。』と即と手が出たはず。しかしこの時、何故人間と言う選択肢がないのか、いやジ/ャ/ム/お/じ/ぃ/さ/んは妖精だが人型か、などと思考を回すほどに七海は疲れていた。加えて年端もゆかぬ女児。結果何度か名乗ったが、幼女からジャムお兄さんなる称号を受け取ることになった。

「名前は?」
「しき、5さい!」
「しきさんですか。」
「ねぇ、ジャムおにいさん。うめのこうえんにもどりたいんだ。」
「梅の公園?」
「そう。とおさんと、かあさんと、うめみにきたの。」
「あぁ、あの梅林公園…迷子か。」

確かと持って来ていた周辺地図を見ると、隣接する施設の中にあった梅林公園。まだ見ごろとまではいかないし、ここは続きとは言えだいぶ奥まった場所だ。観光客が迷い込むと誰も思っていなかったのだ。

「送ります。」
「やった!ありがとう。」
「…行きましょう。」

呪力も感じない、本当にただの子供だと判断し、七海はその子を親元まで連れていくことにした。調査任務中に一般人に遭遇する。良くある救助任務のようなものだ。そう考えながら歩いていると、だいぶ後ろの方からドッテっと倒れる音が聞こえてきた。まさかこのタイミングで呪霊か!と振り向けば、なんてことはない。女児が転んだ音だった。

「ううっ。ジャムおにいさん、はやいよ。」
「すみません。大丈夫ですか?」
「いたい…。」
「失礼します。」
「わぁ!」

擦りむいた膝を見て、これ以上自力で歩かせるのは時間の無駄だと判断して七海は女児を担ぐ。すると泣きそうだった声色が、驚きに代わる。

「たかい!たかいよ!ジャムおにいさん!」
「暴れないでください。と言うか、木しか見えないでしょう。」
「んーん、たのしい!」
「そうですか。」

キャイキャイとはしゃぐ子どもに疲れは感じるが、先ほどまでの呪いを生み出しそうな程ではなくなっていた。ふと、何故ジ/ャ/ム/お/じ/ぃ/さ/んなのか疑問に思う。決して子ども受けする方ではないし、一応お兄さんに変わってはいるが、なぜそのチョイスなのか?

「何故私がジャムお兄さんなんですか?」
「ん?ア/ン/パ/ソ/マ/ンじゃないから。」
「私の顔が餡パンに見えるなら、病院に行った方がいい。」
「どういういみかよくわかんないけど、たすけにきてくれたから、かな。」
「は?」

ア/ン/パ/ソ/マ/ンじゃないけど助けに来てくれたから。どうしてそこからジャムお兄さんにつながるのか意味が分からない。眉を潜めていると女児はさも当然と続ける。

「ジ/ャ/ム/お/じ/ぃ/さ/んはね、あたらしいかおをもってきてくれるんだよ。」
「私は何も持って来ていませんが。」
「ア/ン/パ/ソ/マ/ンのピンチを、たすけてくれるんだ。」
「つまり、しきさんのピンチを救った私はジャムお兄さんだと。」
「ピッタリだろう?」

得意げに細められる紫の瞳に他意はない。眩しい、反射的に七海はそう思った。自分は自己犠牲を自ら進んで出来るような人間ではない。だが、誰かにそれを強いる人間にもなりたくない。そう、この数か月悶々と考えてきた。だから幼気な子どもの言う事なのに、裏を探り、勝手に傷ついている自分に嫌気がさす。

「…私は、そんな大層な人間じゃない。」
「ん?」
「この森に居たのは偶々です。君を救けに来たわけじゃない。」

何を言っているんだ自分は?それでも、無言になる女児を支える腕に力が入り、口からはつらつらと否定の言葉が出て行く。

「だれにでも、ひとをたすけたいって、きもちはあるとおもうよ?」
「え?」
「ジ/ャ/ム/お/じ/ぃ/さ/んが、えいがでいってた。」
「だとしても…。」
「でもどうにもならないときは、にげてもいいんじゃないかな?」
「は?」
「だって、どうにもならないんだろう?え〜っと、せんりゃくてき、てったいだっけ?」
「…ええ、そんな言葉よく知ってますね。」
「ドラマみて、とうさんがいってた。いきるためのにげはありだ!どうぶつだってにげる。にげたさきでなにするか。みなおして、まなんで、さいごかてばすべてよし!だって。よくわかんないけど。」
「…良いお父様ですね。」
「ん!ありがと。」

父親を褒められたのが理解できたのか、機嫌よさそうに歌い始める女児。だが今度は七海がその歌を遮ることはなかった。

「む、うめのにおい!」

しきの言う通り、ふわりと梅の香りが鼻をかすめる。どれくらい歩いたか知らないが、梅林公園の目と鼻の先まで来ていたようだ。

「偲喜ー!」
「偲喜ちゃーん!!」

男女がしきの名前を呼んで探している。もぞもぞと動き出した女児を地面に降ろせば、ありがと、ジャムお兄さん!と両親の元へ駆け出して行く。小さくなるその後ろ姿を見て七海は、ぽつりと漏らす。

「戦略的撤退…。私も、私も、逃げていいのだろうか。」

昨年の夏から、どうしても口に出せなかった単語。顔を手で覆えば、目に浮かぶ灰原と先ほど会ったばかりのしきの笑顔。

――いきるためのにげはありだ!

任務終了後、七海建人は担任の教師に『就職したい』と切り出した。

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