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「いかるがしき、いっきまーす。」

どーんと飛び込むのは、近頃デビューした近所の公園。1人境内を駆け回る私を見かねた奥方が連れてきてくれたのだ。

「あ!しきちゃん!」
「やぁ、ゆう、じくん。」
「ははっ、だれだよそれ!おばさんたちみたく、ゆうくんでいいよ!」

未だ慣れないちゃん付けに苦笑いになる私を物ともしない男児。今生初の友、虎杖悠仁である。私も彼の爺様のように呼び捨てにしたいのだが、これがまた良い子なのだ。豆太郎と謎に周囲・本人から求められる悠君呼びのせいですさんだ心が癒され、絆される。んん゛、よきかな!

「しきちゃん、きょうはなにしてあそぶ?」
「きょうは、すなばでなにかつくろうか?」
「おけ!」

どっちが早いか競争だ―と駆けていく少年の後姿を眺めつつ、一行になくならない呪力と視線にため息をつく。

「ゆうくーん!わすれものしたから、とりいってくるー!」
「え?あっ、しきちゃん!」

くるりと器用にこちらを振り向く彼に一声かけ、駆け足で公園を出た。


2004年X月X日(曇り時々晴れ)

それは嫌に金払いの良い仕事だった。5歳にも満たない女児、しかも非呪術師家系の餓鬼の拉致誘拐。

『即金1,000万、成功報酬は1億。胡散臭すぎるが、裏社会じゃ必ず支払うことで有名な収集家ときた。』

日頃から大っぴらに出来ない収集をしている奴なだけに、お抱え呪術師がいて俺のようなフリーに話が回ってくることはまずない。だから今回仲介役が話を持ちかけて来た時はあっけにとられ、金払いがよくなきゃこんな仕事引き受けるかよと半ば自棄になって現地へやって来ておったまげた。

緑がかった金髪の紫眼の女児。

『クソッたれな収集家からしたら、いくら積んででも欲しいわな。』

噂の五条悟を見た時のような奇妙な感覚。日本人離れした容姿の餓鬼を遠巻きに眺めつつ報酬に納得する。

『好色のジジイが欲しがるわけだが…、何だあのガキ?』

五条悟とは異なる奇妙な感覚、とは言え受けてしまったものはしょうがない。仕事自体は何てことない物の筈なのだ。さっさと終わらせてしまおう。

『ん?』

ふと執拗な呪力を感じた。様子を見に行けば、裏でもそれなりに名の通った呪術師が餓鬼の後をつけている。

『け、俺以外にも雇ってんじゃねーか。』

予想以上にめんどくさい仕事だが、もう一人の呪術師を囮に使うと即決し、己も後を追った。そしてこの判断は正しかったのだと痛感することになる。

「こんにちは。」
「っ!?」
「おや、きみはできるな。」
「おいおい、冗談は容姿だけにしろよっ!」

振り抜いた拳が瞬く間に躱される。視界の隅には囮にした呪術師が転がっている。それもこれも、忘れ物をしたと公園を飛び出した餓鬼が、いきなり囮の前に現れたのだ。驚いた呪術師は、おおよそ生け捕りに使うとは思えない術式を展開したが、その瞬間倒れた。ヤバイと逃げを打とうとした瞬間、今度は自分の目の前に件の餓鬼の姿。

『どう考えても非呪術師のガキじゃねえだろ!』

天与呪縛で常人からかけ離れた肉体を持つ俺を、軽々と躱す餓鬼が只者であるはずがない。ここで漸く、依頼人がお抱え以外に依頼をしたのか理解する。

「大した餓鬼じゃねえか。お前、何人殺した?」
「おや、しんがいだ。みんな、じしだよ。」
「あ゛ぁ?自死だと?」
「ふふっ、いきかえれとのろうあいてを、ころそうとするのだよ?むじゅんしてる。」
「は?」

『いきかえれとのろうあいて』耳を通り過ぎた、理解できない女児の一言。しかし、目の前の餓鬼、いや女児の姿をした『何か』は言葉を続ける。

「なるほど『てんよじゅばく』か。じゅりょくがないなら、きみはだいじょうぶ。」
「へぇ…、そいつはどうも。だがどうしてわかった?呪力のない俺は、謂わば透明人間みたいなもんだ。お前も同類、いや索敵特化型だってか?」
「いいや。かくしているだけだよ。」
「…お互い隠すのが好きってか。だが、俺との相性は最悪だぜ。なんせ呪力なし。だが、俺も体内に呪霊を隠しててな。」
「ふむふむ。」
「呪具を格納出来る奴で、自らの肉体も格納させて、俺の体内に入れてる。晴れて呪具を持った透明人間の完成ってわけだ。」
「いいね。かいじはまだあるかい?」
「ちっ、分かってって止めねえのかよ。」

特級呪具『天逆鉾』を出さなかった。いや、出せなかった。ガキの言葉を信じるなら『呪力がないなら自死しない』。呪力を有した呪具がどうなるのやら。手にした『游雲』を突き出しながら考える。殺さずは無理だ、と。

「シッ!」
「おっと。」
「オラァ!」
「がらが、わるいなぁ。」
「上、等!」
「よきかな。たのしませてくれた、おれいをしないとね。」

干渉式<薊>

させるかと渾身の一撃を叩きつけた『游雲』は、ガキの目の前で見えない何かに激突した。

「なに、した…。」
「じゅつしきで、わたしたちのいるくうかんを、かくぜつしたのさ。」
「んな馬鹿げたこと。」
「あざみのはなことばは、どくりつ。きみはそこにひとりきりだ。ちなみに、そこをにんしき、かんしょうできるのは、わたしだけだよ。」
「…何が聞きたい。」
「うん、よいいさぎよさだ。」

餓鬼の言う事がどこまで正しいかなんてわかりやしないが、突如として消えた周囲の喧騒や気配に、はったりではないことくらい己の五感のおかげで嫌でも理解できた。よきかなと宣い笑う女児を正真正銘の『化け物』だと認識した瞬間だった。

「は?しゅうしゅうか?ようしがめだつ?」
「お前、餓鬼にしては見目がいいんだよ。」

良くも悪くも目立つ容姿だから熱心な収集家に目を付けられていると教えてやった途端、間抜け面を晒す化け物を一瞥する。いつもの俺なら悪態の一つでもつくだろうが、どうにもその容姿のせいか、得体の知れない術式のせいか、これ以上抵抗しようと思う事ができないでいた。

『けっ、精々狙われるといいさ。』

うんうんと唸っていた化け物は雇い主だけ確認すると、にぱっと笑いかけて来た。恐ろしく美しい筈だが、俺に取っちゃ気味が悪いとしか言いようがない。

「ありがとう。じゃあ、わすれてしまおうか。」

疑問符を発する前に化け物の手が俺の頬に触れる。強烈な眩暈に見舞われ、世界は真っ暗になった。

「ん…あ゛ぁ?何処だ、ここ?」

その日、伏黒甚爾は見知らぬ公園で目が覚めるという世にも奇妙な体験をした。

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