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「おぎゃ、ふぎゃあ!」

赤子の鳴き声を聞き流しながら、自問自答する。

『何故こうなるのか。』

嘘だと思いたい一心で手足を動かそうとするが、満足に動きやしない。視界は膜が張ったように朧気。ふと周囲から泣き声以外の声が聞こえてくる。

「あぁ、何てこと…。」
「捨て子か。」

ぼやけた視界に移り込む男女。雰囲気からして老夫婦だろうか。片割れの男が言った『捨て子』とはこの鳴き声の子のことだろう。

「まぁ、よしよし。」

女の方が動き、ひょいと体が浮き上がる。何とも言えない浮遊感に見舞われるのと同時に、泣き声が大きくなった。近くなった女が朗らかに言う。もう泣かなくていいのよ、と。

『本当に…誰か冗談だと言っておくれ。』

まさか自分が赤子に転生しているなぞ理解したくもなかった。だがその紅葉のような手では顔を覆う事すらできやしない。朦朧とする意識の端に懐かしい嗤い声が聞こえた気がした。

2004年X月X日(晴れ) 宮城県仙台市

あれから2年。おっかなびっくりの日々ではあるが、まだ言葉は覚束ないものの、ある程度好きに行動ができる齢に成長した。

「さて、じょうきょうをせいりしよう。」

ここ数日ハマっている某司令官の考察ポーズを取り、境内の階段に座る私は微笑ましいらしい。道行く女学生がくすくす笑い、おば様方が甘味を提供してくれる。なんと平和な世になったのだろう。感慨深く頷いていると、スパーンと頭に衝撃が走る。

「何が!状況を!整理しよう!じゃ!!」
「いや、きゅうにずつきしてくるほうが、わるいよ?」

じっと見つめる先には喚き散らしている小さい狛犬。狛犬と言ってもか弱い2歳児、そう『か弱い』私の頭を破壊しない程度、所謂豆粒くらいの大きさに縮んでくれている(笑)

「誰が豆粒か!何が縮んでくれているじゃ!!おぬしのせいじゃし、全部口に出ておるからな!!?」
「しかして、このまめつぶは、このじんじゃの『うじがみ』なのである(わらい)」
「語尾に見えぬ嘲りを付けるのをやめぇい!!」

ちょこまかと周囲で吠える豆犬を無視し、再度状況整理へと。あの日、どうやら私はとある神社の境内に捨てられていたようで、神主夫婦に拾われた。そしてこの狛犬はその夫妻が勤める神社の氏神。夫妻が私を家に招き入れた時点で、激しく威嚇してきて煩わしかったのでちょっと術式を使ったらこの様である。

「何がちょっとじゃ!我は殺されるかとと思ったわ!?」
「かみごろしのなは、いらないかなぁ。ほんのちょっと。そうほんのちょっと、かげんをまちがえただけだよ。」
「阿呆!あれは『ほんのちょっと』どころではなかったぞ!」
「はっはっは!まぁ、のろわれているからね。」

そう、私は呪われているのだ。あの宿敵、××、否、もう『両面宿儺』としか呼称されていない彼の死に際の言葉通りに。縁起でもない験担ぎは無事に役目を果たし、呪われた私の魂は世界に縛られた。成仏することもなく、輪廻転生の輪に戻ることなく、この1,000年ひたすらに世界に在り続けてきたのだ。

ひとえに、いつしか『呪いの王』と称されるようになった両面宿儺を殺すため。

自分達が力を付けて彼の指を壊すわけではなく。いつか誕生するかもしれない、彼を倒せる強者を待つのでもなく。当時生き残った呪術師たちは、両面宿儺と相打ち死んだ私を呪う道を選んだ。

「フン!おぬしの呪われ方は異常じゃ。」
「それほど、すくなをおそれたのさ。」
「両面宿儺とおぬしを畏れた、の間違いであろう。でなければ、存在を世に縛るなど到底人間にできる所業ではないぞ。」

豆犬の言う通り、あの日死んだこの身を復活させることなど、旧き呪法にもできやしない。死者の反魂など人間の呪術師には星を掴むような行為なのだ。だから、当時の呪術師は出来得る限りの制約と縛りを他己に課し、呪い続ける方法を編み出した。

端的に言うと、『畏れるが故に、歴史から消し去った』のだ。

■■と言う名を呼ぶことを禁じ、あらゆる書から削除した。■■の血縁を根絶やしにし、何百年もかけて一族郎党をこの世から、歴史から葬り去った。呪術師からは呪いが発生しにくいとされているが、意図的に呪うのであれば話は別で。また、非呪術師、世間からしても力ある術師たちがこぞってその一族を抹消している様は恐怖にしか映らない。抗うなんて格好をつけたところで、所詮一個人。人数差と年数の前にはそう長く抵抗できるわけもなく、この世を彷徨うことを余儀なくされた。

『そんな事をしても、肉体を得るまでにはいかないよ?』

何とか逃れていた子孫が闇討ちにあった時。伝わり続けていた両面宿儺との死闘の隠し絵が焼かれた時。遂に最後の生き残りが呪殺された時。いったい何度そう呟いただろうか。だが、確実に呪いを蓄積していった魂は、彼らの望み通りに再び肉体を得るに至ったのだ。

「げにおそろしきは、ひとのしゅうねんかな。」
「違いない。」
「これはすいそくだが、『すくなのうつわ』がうまれてしまったのだろうね。」
「間違いなくそれが、最後で最大の制約だろうからな。」
「うん。だから、ちかいしょうらい、かれはじゅにくする。」
「…近くで戦ってくれるなよ。」
「ぜんしょするさ。」

豆粒とは言え氏神たる圧が向けられる。それはそうだ。私が両面宿儺と戦えば、どれだけ気を付けたとしても人死にが出る。それもこれほど呪われてしまったら、過去の比ではない莫大なものになるだろう。それが己が守護する土地で起こるなど到底許せるものではない。だから私はこの氏神に嫌われている。

『だけど…例え、犠牲がいくら出ようとも殺し合わねばならないのさ。』

何故ならば、それが1,000年もの永き時を使って私にかけられた呪い(存在意義)なのだから。

「ふん!呪われ者など、現代に女郎屋があればすぐにでも放り出したというのに!」
「そう。そこなんだよ、まめたろう。」
「おい、まめたろうとは誰そ?よもやこの我を呼んだわけではなかろうな?」
「なんで、おなごなんだ…。」
「我の話をきけぇい!!」
「なにゆえ、おなごなのだ…。」
「二度も言わんでよいわ!?大方どこぞの誰かに呪われたのだろうが!」
「いやいやいや、わらえないじょうだんは、もうじゅうぶんなんだが。」
「はっ、傑作!!」

イラっとしたので豆太郎に向けて術式を発動させる。ギョッとして逃げ出す速度は腐っても氏神。故に、今日も境内を元気に駆けまわる幼女が1人。

何をどう呪われたのか、■■改め、斑鳩偲喜は女児として現代に転生?していたのである。

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