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2006年X月X日(曇り) 呪術高専内

高専の一室。談話室でもあるそこには、任務から帰ってきた学生たちが和気藹々と、いや今日も今日とて姦しいばかりに捲し立てる白髪の男に周囲が笑いを堪えていた。

「あぁクソ!マジでアイツ何処に居んだよ!」
「悟、君まだ探しているのかい?初恋の…彼…ぷぷ。」
「先輩、幼年期の初恋引きずって、見苦しいことこの上ないですよ。」
「いや、七海!五条先輩も人間だって証拠じゃんか!」
「ぶはっ!そこからかよ。」
「るっせー!!ぜぇぇったい見つけ出してやるから首洗って待っとけよあの野郎!!」
「相手男性なんだろ?忘れて次行っちまえよ。クズ野郎。」
「きいぃぃ!!トラウマに決まってんだろ!?幼気なピュアボーイ悟君を弄んだアイツを、ぶん殴って跪かせねーと俺の気が済まねぇの!」

キイキイとヒステリックに喚き立てる白髪の男の名は五条悟。御三家の一つである『五条』に、うん百年ぶり生まれた無下限術式と六眼を有した逸材。更に自他ともに認める顔・スタイル共によしの男が、唯一の欠点である性格の悪さをもってしても拭えない特級レベルと語るトラウマ。それが彼の初恋。

『クッソ、ほんと何処に居んだよ…。』

もう2桁の年数を経ているというのに、目を瞑れば様々と思い出すことのできる『1994年X月X日』。俺はあの日、明らかに不審な奴に恋をした。

東京都内とは言え、その日は親族の祝い事を取り仕切るため貸し切りにしていた場所。幼心に権力と金、派閥、そして己にかけられる懸賞金とやって来る刺客たちに屈折していた悟少年は早々に飽きて、広い庭園もとい森に探検へと飛び出した。

時期は春初旬、薄桃色の花が咲き誇る庭園は悟少年にすらキレイだと思えるもので、一種の何かに中てられたようにその足は奥へ奥へと向かっていく。そして、たどり着いた薄桃色の世界の端。その木の幹に体を預ける人影を遠巻きながら視認して、彼は目を見開いた。

名画のようにキレイに咲き誇る初春の花の中に溶け込む色白の人物。木陰から差し込む光が風に揺れる度にその金髪が僅かに緑を帯びる。既に自他ともに認める容姿の良さをもってしても、その人物は美しいと思えた。

ザァァァア――

ふと強い風が吹き丁度目にかかるくらいの前髪が煩わしいとガードした瞬間、悟少年は目を瞑らなくて良かったと心底自分を褒めた。何故なら、薄っすらと開かれた紫の瞳がとどめと言わんばかりに悟少年を射抜いたのだ。

「―」
「お坊ちゃまー!悟お坊ちゃまー!!」

その人物が口を開くのと同時に、小間使いの自分を探す声が重なる。うるさいと声の方を一瞬振り向いて、駆けてきた彼らにあの人物は誰だと尋ねようとした時、もうそこには誰もいなかった。それでもあれが誰なのか知りたくて特徴を伝えていけば、周囲は顔色が悪くなっていくばかり。そして世話係の男が発した言葉に、頭を殴られた。

「緑がかった金髪で紫の瞳の人物など『五条』にはおりません。」

つまり貸切っているこの敷地内に居るはずがないという事。刺客かもしれないと大騒ぎになる中、話を聞いていた1人がどのような衣服を着ていたか尋ねて来た。ショックのまま和服だったとだけ告げると、ふむと考え込みズイと顔を覗きこまれ一言。

「それは神様だったのかも知れませんな。」
「かみさま?」
「えぇ、本日はハレの日で天候もすこぶる良い。このような日にはごく稀に神様をお見掛けすることがあると言われております。」

それに続いた『まぁ、残念ながら私はお見掛けしたことはございませんが。』と言う笑い声に、誰もがこの場の雰囲気を変えようとしたのだと理解した。各言う悟少年もその一人となる。結局敷地内で容姿に合致するしないに関わらず、刺客を確認することは出来なかった。

そうして悟少年の人探しは始まったのである。

本家へと挨拶に来る人物を遠巻きに観察し、出先でも周囲に目を光らせた。刺客であるならばまた自分を狙ってくるかもしれないと思ったから。しかし、そんな容姿の人物は一人として出会う事がなかった。

更に月日が経ち、知識を付けていくと、あの日見た衣服は男物であったことが判明する。悟少年を絶望が襲った。その時すでに許嫁候補やら縁談と言った手合いの話を出され始めていて、男とは結婚できないと理解していたからだ。密かに計画していた、刺客ならボコって手に入れちゃえ作戦は泡と散ったのである。

はてさて、『五条悟の初恋の彼』はトラウマ化したと話のネタにしたのは、高校生になり友と呼べる同級生ができてから。自分と負けず劣らずの性格の2人にはツボったらしく、任務帰りに今日は見つかったのかと問いかけられる日々は2年目に突入し参加者も増えていく。そしてTPOなんて考えのない同期たちのおかげで、いつの間にかできていた婚約者候補たちから関係のない老若男女までが、こぞってその人物の話を聞きたがった。

瞬く間に呪術界全体で『五条悟の初恋の彼』は周知の事実となる。これならば良し悪しに関わらず直ぐに情報が手に入るだろうと、密かにあてにしていた当人は得意げに友に笑いかけていた。しかし、入ってくる情報はガセばかりか、コスプレ紛いで取り入ろうとする人間まで出てくる始末。フザケンナと罵倒している最中に起きた、護衛任務失敗、後輩の死、初めてできた友と呼べる男の離反。いつの間にか五条悟が『初恋の彼』を話題にすることはなくなった。

だがごく一部、五条悟への執着を胸に秘める者は、その話を忘れることなく『初恋の彼』などと言う人物が現れないことを切に願っているのである。

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