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『呪力だと!?あいつ昼間の女子生徒か?!クソッどうなって!!』

特級呪物の受肉、いきなり現れた昼間虎杖と一緒に居た女子生徒、首を掴んだ明らかに別の意思を感じる右手。混乱を極める伏黒を差し置いて、飛び上がった女生徒はくるりと宙で翻り、両面宿儺とは反対側の縁に着地した。

「あ?」
「人の体で何してんだよ、返せ。」
「色々疑問はあるが、まずお前何で動ける?」
「?いや、俺の体だし。あしゅら男爵みたいになってない?」
『抑え込まれる――』

両面宿儺と虎杖が会話しているように聞こえたが、伏黒には区別がつかない。そしてここには先に呪霊に襲われた生徒2人と新たに飛び込んできた1人。最後の1人は、しかめっ面で成り行きを見ているだけ。ならばと伏黒は呪力を振り絞る。

「動くな。」

先程まで見ていた虎杖のきょとんとした顔が振り向く。訳分かってねぇなこりゃ。俺だってそうだよ畜生と内心吐き捨てた。

「お前はもう人間じゃない。」
「は?って、偲喜顔コワッ!?ん?今飛んでた??」
「悠君…」
「呪術規定に基づき、虎杖悠仁お前を――"呪い"として祓う。」
「いや、なんともねーって。あ、偲喜あんまガン見すんなよな。ハズい。」
「悠君、その、大丈夫かい?」
「ちっとマズい?俺も伏黒もボロボロじゃん。早く病院行こうぜ。」

引いていく紋様を視認し、話し方も虎杖のそれだと確認するが、伏黒の構えた手も練った呪力もそのまま。

『今喋ってんのが呪物か虎杖かもこっちは分かんねーんだよ…!!クソッ!!どうしたらいい!?』
「?」
「今、どういう状況?」

ちらりとしきと呼ばれた女子生徒がこちらを見たと思った瞬間、後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「なっ、五条先生!」
「や。」
「どうしてここに!?」

片手をあげて軽くあいさつしたアイマスクをした男が近づいて来る。ホッとして、構えていた手を下げ、呪力も霧散させる。

「来る気なかったんだけどさ。流石に特級呪物が行方不明となると上が五月蝿くてね。観光がてらはせ参じたってわけ。」
「は?」

いつもの緩い喋り方と理由に、こちとら死にかけてたんだぞとイラっと来る。斜めに傾いてスマホで連射してくるのがまたうっとおしい。

「で?見つかった?」
「…」

どう説明したものかと言いあぐねていると、虎杖が挙手した。

「あのー。」
「?」
「ごめん。俺、それ食べちゃった。」

一瞬の沈黙。あの五条先生でも流石にそうなるよなと頭を抱えていると、再起動した彼がマジかと尋ねるので、虎杖と声を揃えてマジと返す。いつの間に出来ていた四角形の1画でしきだけが、口を噤んでいた。

「んー。」
「うぉ、見えてんの?」
「ははっ、本当だ混じってるよ。ウケる。体に異常は?」
「特に…」
「宿儺と代われるかい?」
「スクナ?」
「君が喰った呪いだよ。」
「あぁ。うん。多分できるけど。」
「じゃあ、10秒だ。10秒経ったら戻っておいで。」

グッグッとストレッチをしだした五条とその言葉を聞いてまさかと思う。虎杖も同じだったようで、でもと渋った。

「大丈夫。僕、最強だから。」

にこりと口元だけ弧を描いた様子に余裕が見て取れる。この人がそういうなら大丈夫だろう。そう考えていた伏黒は、彼女がその台詞に僅かに反応したことに気が付かない。

「恵、これ持ってて。」
「これは?」
「喜●福」
『この人、人が死にかけてるときに土産買ってから来やがった!!??』
「土産じゃない。僕が帰りの新幹線で食べるんだ。」

読まれた心の声よりも、背後に迫る人影に伏黒は叫ぶ。

「後ろ!!」

パンッ――

手の合わさった音が微かに聞こえて、五条に飛びかかった虎杖、いや両面宿儺の右手が空を切る。

「生徒と観客の前なんでね。カッコつけさせてもらうよ。」
「!!」

いつの間にか背後に回っていた五条先生が両面宿儺を殴り飛ばした。

『おそろしく速い?違うな…』
『ほぉ、これは最強を名乗るだけはあるね。』
「全くいつの時代でも厄介なものだな、呪術師は。」

ビキビキと膨らんだ筋肉に予備動作を感じつつ、平然とその場を動かない長身の男を周囲はただ見つめる。瞬間ゴウッと派手な衝撃音と爆風が男を襲った。

「だから、どうという話でもないがな。なぁ、■、ん?」
「ん。」
「7,8,9,そろそろかな?」

土煙が晴れた先、平然と変わらぬ姿で立つ五条先生。そんな彼の手前で空中に浮いていた瓦礫が地面に落ちていく。さらにその先、こちらに頭を傾ける女子生徒と、顔だけこちらに向け拳は女子生徒に伸ばした両面宿儺の姿。

『クソ!まただ!乗っ取れない!!■■の仕業か?いやこの阿保にそんなことをする利はない。この虎杖とかいう小僧、一体何者だ!?』
「おっ!大丈夫だった?」
「驚いた。本当に制御できてるよ。」
「でもちょっとうるせーんだよな。アイツの声がする。」
「それで済んでるのが奇跡だよ。」

トン――

近づいた五条先生が虎杖の額を小突くと、急に虎杖の体が力を無くした。大人しく彼の腕に支えられているその姿を見て、伏黒は恐る恐る尋ねる。

『気絶させたか。』
「何したんですか?」
「気絶させたの。おもッ。これで目覚めた時、宿儺に体を奪われていなかったら、彼には器の可能性がある。さて、ここでクエスチョン、と行きたいところなんだけど…君何者だい?」
「?」
「ただの観客さ。さ、私のことは気にしないで、そのクエスチョンとやらを進めてくれていいよ。」
「観客って言うか身の程知らずのお客さん?君の方がよっぽど厄介だと思うんだよね。」
「確かに呪力は持っているようですが言うほどじゃ…」
「2016年9月○日、京都□□寺院境内。」
「は?」
「ん?」
「準一級呪術師が攻撃を受けて気を失っていた。生きてはいたけど。」
「なんの、」
「想定特級呪霊を祓ったけど、どうも残穢の質が違う気がしたんだ。あれ、やったの君でしょ?」

一級呪術師を気絶させた。そんなまさかと女子生徒を見る。きょとんとしていた表情が一転、思い当たる節があったのかこちらを品定めをするかのような鋭い視線へと切り替わった。

「本性出したか。てか君呪われてる?」
「へぇ、お前さん良く見えてるねぇ。しかもあいつを祓ったのか。」
「あの呪霊知ってるんだ。その歳で呪われてて呪詛師とか笑えないね。狙いは両面宿儺の指?それとも器の両方?」
「はっはっは、呪詛師じゃないけれど…そうさね、知りたきゃ力づくで吐かせて見せなよ。」
「へぇ、さっきの見てそんなこと言えるんだ。やっぱり、」

君の方が厄介だよ――

最後の方は遠く、彼女の背後を取った五条先生から聞こえてきた。先制攻撃に動くことすらできない、少女を見て伏黒はホッとする。五条先生の拳が女子生徒に当たり彼女は吹き飛ぶ。

バァン――

「え?」

はずだった。だが、彼女は動くことすらなく、その場に立っていて。派手な音が木霊しただけ。

「ッ!?」
『五条先生が距離を取った!?』
「おや、距離を取ってしまうのかい?そんなんじゃ聞き出せないよ?」
「ほんと何者?」
「ただの観客、ってのはちょっと間違った表現かな。」

出番を控えた役者ってところかね――

場違いなほど穏やかな声は案外近く、俺と虎杖を守る様に距離を取っていた先生の懐あたりから聞こえてきて。

「ぐっ!?」
「嘘だろ…」
「驚きすぎじゃないか?珍しくないだろう?傷を負うなんてさ。」

自他ともに認める最強が肩口を抑えている。そして、はたはたっと地面に落ちる赤い液体。あの五条悟が攻撃を食らった。伏黒は目の前で起きた事実をただ茫然と見つめることしかできなかった。

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