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見慣れた帰り道をすっかりおなじみになった1人で歩く。決して小さくない鳥居を目の前に、来た道を振り返った。「くるか…」
日が傾き影が大きくなり始めた住宅街に囁きは消えていく。
「おい、今日は一段と酷いぞ。」
鳥居を超えた瞬間姿を現した豆太郎が臭そうに鼻を鳴らす。本物の犬のようだとか、私が臭いようじゃないかと思いつつ、仕方ないだろうとため息交じりに返してやる。
「近いのか?」
「おそらくは。学校に呪術師が来てた。回収して封印し直したいんだろう。」
「あれはほとんど封が機能しておらんからな。」
「あぁ。それに悠君と言うか、好奇心旺盛な先輩方の手に渡ったようだからね。あんな封じゃ一般人でも解けるだろうさ。」
「やれやれ好奇心は猫をも殺すと言うのに。人間と言う生き物は学ばんな。」
「故に人間なのさ。」
同じことを私も思ったとは口に出さず、ハッと鼻で笑う豆太郎に苦笑する。ふと、先を歩いていた豆太郎が歩みを止めこちらを振り返った。最近は見ることもなかった真剣な眼差しに射抜かれる。
「…助けてやらんのか?」
「…必要になったらね。」
「そうか。お前は」
「豆太郎、私は善良とは口が裂けても言えない。どちらかというとその逆だ。」
歯切れ悪くごめんと続けると、謝るな馬鹿者とそっぽを向かれ。ただ最後に口を滑り落ちた謝罪にどういう意味を持たせたかったのか、それは偲喜にも分からなかった。
「ただいまー。」
「偲喜ちゃん!大変よ!」
「母さん?どうしたの?」
玄関を開ける音を待っていたかのように、バタバタと家の奥から母さんが飛び出してきた。隣の豆犬が落ち着いているという事は、この家に関わる災いの類ではないだろう、タイミング的に呪いの線を疑っていた私は、続いた悠君の爺様がという言葉に凍り付いた。
Purrrrr――
「は、」
「でた!悠君!爺様は!?」
「偲喜…爺ちゃん死んだよ。」
「っ…そうか、土曜なんて言わずに、今日一緒に会いに行っとけばよかった。」
「そう言ってくれんの多分偲喜だけだぜ。」
「バカ。まだ病院?」
「うん、荷物の整理と書類出さないかんらしい。」
「分かった。そっち行く。」
「え、もう暗いから」
「だまらっしゃい。行くったら行くよ。」
「はは、偲喜らしいな。おけ、待ってる。」
部屋に鞄を放り投げて、スマホ片手に再度玄関へと戻る。リビングに居る両親へ病院に行ってくると告げ玄関から飛び出した。
「あれ、偲喜ちゃん?」
「こんばんわ。悠君は病室ですか?」
真っ暗な廊下を早足で歩き、唯一明かりのついたカウンターに身を乗り出す。ナースステーションの中、よく会う看護師さんと目が合うと、彼女はわざわざ出てきてくれた。荷物整理と書類だと聞いていたから、ここに居ないという事は病室だろうと尋ねると、返ってきたのは予想だにしていなかったもので。
「いいえ、もう全部終わって帰ったんだけどね。」
『帰った?私が来るのを待たずに?』
「偲喜ちゃんを待つって言ってたんだけど、同級生の男の子が来て話をって!?」
「ありがとう!」
最後まで聞かずに踵を返す。同級生の男の子、そいつと話して私を待たずに帰った。入学して2月かそこらの悠君の友人に、こんな時間の病院まで来る奴が居ただろうか?いいや、いない。どう考えても昼間の呪術師だ。そいつと一緒に行動している。導き出される推測に、顔が曇り出す。
「死ぬなよ、悠君ッ。」
真っ暗な住宅街を全力疾走する。人に見られない時間帯で良かった、井戸端会議でのネタ回避などと考える余裕もない。兎に角一秒でも早く学校に辿り着かなければ。その想いだけだった。
ゴウッ――
「チッ、解けてるな。」
住宅街を出て正門の前に飛び出した瞬間、体に叩きつけらる圧。普段感じている気配よりも過分に宿儺のそれを含んだ空気に舌打ちする。
「クソッたれ。気配が強いんだよあの馬鹿は。」
ひらりと柵を乗り越え、充満する"呪い"の気配にあの呪術師の少年の気配すらかき消され見つからないと悪態をついた時、ボゴォンと反対側からデカい破壊音が聞こえてきた。
「反対側とか、ツイてないねぇ!」
部活にも力を入れている学校らしい、広いグラウンドの横を突っ切る。ようやく中間地点だと正面棟を通り過ぎようとした瞬間、ゾワリと悪寒がして、己を縛る"呪い"が騒めいた。
「宿儺。」
一瞬、意識が切り替わる。
――殺せ、殺せ、両面宿儺を殺せ――
――そうだ、アイツを殺さないと――
躊躇なく跳躍する。ゲラゲラと懐かしい笑い声が耳をつく。呪力を込めた右手を振り上げる。
「素晴らしい。鏖殺だ!」
ガッ――
バッ――
「ゆう、くん?」
連絡棟の屋上の縁で再会を果たした宿敵は、大事な幼馴染の姿をしていた。