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県内の小学校数校が集まってくるマンモス校。小沢の通い始めた中学校もその一つで、広い学区から生徒が大勢通っている。桜も散り、緑葉が茂り始めた頃、小沢は自分が想定していた中学生活とは異なる日々に戸惑いを覚えていた。

「おはよー小沢ちゃん。」
「お、おはよう斑鳩さん。」

昨日のテレビ見た?と気軽に話してくるのは前の席の斑鳩偲喜さん。すらりとした贅肉とは無縁そうな体に、つやつやの黒髪、可愛いと言うより綺麗な印象を受ける顔立ち。どれをとっても自分とは天と地ほどの差を見せつけてくる彼女は、座席が近いと言うだけで小沢に話しかけてくる。

『どうせこの人も、私の事馬鹿にしてるんでしょ。』

自分が太っていて、決して可愛くも綺麗でもないことを理解しているから。どうせ馬鹿にしてる、雲泥の差がある私を引き立て役にしてるんだ。小沢の斑鳩に対する第一印象は最悪だった。

「斑鳩さん、小沢さんと何話してるのー?」
「ねぇ〜、私達とも話そうよ〜。」

きゃはきゃはと笑う女子の声が惨めで、ぐっと眉間にしわが寄る。さっさとあっち行ってよ。薄暗い感情が心を占めようとした時、何てことない声で件の彼女が笑う。

「じゃあ、皆で話そうか!」

え、へ、と言った間の抜けた疑問符が空間に木霊する。そんな周囲の様子に気が付いていないのか、気にしていないのか斑鳩は、それでさあの芸人のとお笑い番組の話を始めてしまった。彼女に声を掛けてきた女子たちが顔を見合わせて戸惑っている。勿論私も。一方的に話していた斑鳩の言葉が途切れて、バツの悪い表情になって。漸く気が付いたのか、周囲の心は同じだったと思う。

「あー、もしかして、昨日のBワン観てない?」

苦笑と共に出てきた言葉は視聴確認で。慌てて女子たちが取り繕う姿に、ざまあみろと思う反面、変な人だなと印象を改めた。

「昨日の主人公はかっこよかった。くぅ、思い出すだけで痺れるよ…。」
「ほんとにアニメというかテレビ全般が好きなんだね。」
「はっはっは、テレビは最高の娯楽さ。中でもアニメーションは日本が世界に誇る芸術だね。こう、現代の粋や雅さが伝わって来るよ。」
『粋、雅…。』

入学から数か月経って、小沢の中で斑鳩の印象はガラッと変わっていた。彼女は変わらず自分に話しかけてくる。話す内容はもっぱらテレビ番組かアニメの事で、特にアニメの話をするときの目の輝きは女子と言うより男子みたい。というか話し方や雰囲気が中性的で、どこか古典的。彼女と話したがっていた女子たちも、斑鳩がファッション誌を見て、お洒落は難しいよねと遠い目をしながらメンズモデルを理想の服装に上げた時、漸く彼女が変わっている人だと気が付いたようで、今は落ち着いている。

『斑鳩ちゃんてさぁ、外見と中身が全然違うよねぇ。私びっくりしちゃったぁ。』
『はっはっは、男前だろう?』

猫なで声の女子が嫌味を言っているのに何のその。何が男前なんだろうかと思うけど、誇らしげな彼女に相手の子は苦々しい表情でそうねぇと返していたっけ。

『何で虐められないんだろう。』

ぽっちゃりで根暗な自分はともかく、綺麗だけど中身とのギャップが激しい斑鳩がその対象にならないことが小沢は不思議だった。けど、それは体育の授業ではっきりした。体力測定で彼女は学年2位のとんでもない記録を叩き出したのだ。2位と言っても、1位は世界記録レベルの成績を出した男の子で、その差は種目別として僅差。遠目に2人が楽しげに競争しているのが見えて、同小だった子達が、2人は凄いんだと誇らしげにしていた。戻ってくる時に彼らともハイタッチをしている姿に、変わっててもコミュ力高ければいいんだなとぼんやりと思うことしか出来なかった。

そして、今日はその体育の授業がある。私は動ける方ではないし、体型もあって、率先して組む相手なんていない。筈だったのに、今は斑鳩さんが、一緒にやろうよーと声をかけてくれて。たかだか授業なのに、彼女程の運動神経を持つ人と組むなんてと、うつむいてしまう。

「あれ?小沢さん具合悪いのかい?保健室行く?」
「あの」
「ん?」
「ごめんなさい。」
「なして謝るの?」
「なし、なんでって、違う人とだったら上位狙えて」
「あー、いらんよそう言うの。」
「っ、」
「何ごとも程よく、適度に、楽しくをモットーに生きてるからね。」
「…変なの。」
「はっはっは、よく言われる。さ、小沢ちゃん、今日も楽しんでこー!」
「斑鳩さん、メジャー忘れてる。」
「あ、ごめん、ごめん!」

くったいなく笑う彼女が眩しく見えて。まだ虎杖君を好きになる前、私が斑鳩さんのような人になりたいとただ純粋に憧れていた頃の話。
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