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「斑鳩、お前本当に志望校ここでいいのか?」
「はい、そこがいいです。」
「あー、もし虎杖と一緒の」
「先生?私は悠君が居なくても、その高校を選びましたよ。」
「そ、そうか…。しかし、勿体ない気がしてな。お前の実力ならもう1つ上の高校でも行けるんだぞ。」
「ははは、何度もお伝えしていますが、何と言われようとそこ一択ですよ。」
「そうか。分かった、頑張れよ。」
「ありがとうございます。」

進路相談とは名ばかりの、教師による点数稼ぎの道具になる説得が終わり、斑鳩は気を抜く。

『流石に今日ので諦めてくれたかな。』

斑鳩が第一志望として挙げた杉沢第三高校は偏差値で行くと、県内でそれほど高い方ではない。全校生徒が部活動入部必須という校則からも分かる様に、どちらかと言えば部活動を推奨した学校である。そのため、決して学力の低くない斑鳩がそこを候補に挙げた時、担任も学年主任も大いに驚いた。そして始まる進路相談と言う名の面談。何とかランクを上げさせたいと言う見え透いた本心に、人らしいなあと呑気にしていたものの、流石に悠君まで出されては面白くない。きっぱりと笑顔で断言してやれば、ギョッとした担任or学年主任が慌てて居住まいを正すの繰り返し。

そもそも斑鳩が高校を志望しているのは、悠君や偏差値レベル、校風云々ではない。そこに置かれているもの。それこそが彼女がその学校を一択とする所以。

『両面宿儺の指。しかも封が機能していないときた。』

切っ掛けは悠君に誘われて赴いたオープンキャンパス。敷地内に足を踏み入れた瞬間、自らにまとわりつく呪いが騒めいた。

『この感じ、宿儺か。』

校内見学中にそれとなく周囲の気配を辿り、と言っても強すぎて飽和した残穢にドン引きしただけだが、下手に干渉すると障るなと判断した。動けない、攻撃を仕掛けてこない、だがとんでもなく強い呪いを宿した物体。そんなものを力を欲する呪霊が見逃すはずもなく。周囲に呪いが寄せられてくるのも時間の問題で、最悪呪詛師に利用されるだろう。

『もしかすると、そこから復活もあり得るね。』

そうなれば斑鳩が動かないわけにはいかない。定められた宿命が『殺せ』と叫ぶ。その声に、だた殺せばいいという訳でもないだろうにと呆れ果てつつ、斑鳩の進路は決まった。悠君が同じ高校を志望していると知ったのは、周囲が本格的に進路に悩み始めた時期で。高校もクラス一緒だといいな!なんて満面の笑みで言われて、久しぶりの癒しに心で涙した。

「やぁ、どんな男がタイプかな?」
「…不審者として通報しても?」
「なんだ、ノリ悪いんだ。」

爺様の見舞いを日課としている悠君と別れ、1人下校している最中突然絡まれたあげく、突拍子もない質問をされれば誰だって不審者だと思うだろう。ましてや、その人物が式神を連れていれば、間違いなく厄介事。ポケットのスマホに手を伸ばすと、流石にヤバいと思ったのか女呪術師が謝りだす。女は九十九由基と名乗った。

「いや〜、面白そうな体質してるなって思ってたんだけど。じっくり見ると、随分呪われてるみたいだ。」
「へぇ、九十九さん分かるんだね。」
「優秀だからね私。あ、その目信じてないでしょ?しっかし、ふぅん、それだけ呪われていて、よく普通に暮らせているね。秘訣とかあるのかな?」
「秘訣ねぇー。友情、努力、勝利じゃないか?」
「それ少年誌の鉄板だろー。コノコノ〜。」
「ちょ、突かないでおくれよ。」

ちょいちょいと脇腹を小突いてくる九十九にうっとおしそうにしていると、ふと彼女が真面目な表情に切り替わる。

「私はね、原因療法がしたいんだ。」
「何の話かな?」
「呪霊を狩る対処療法ではなく、呪霊を生まない世界を作りたい。」
「ふぅん。」

似たようなことを言うやつがいたなと記憶を遡る。途中興味なさそうに相槌を返してやるが、それでも彼女は話を続けた。

「全人類から呪力を無くす。もしくは全人類に呪力コントロールを可能にさせる。前者はモデルケースが死んでしまったから泣く泣く断念。そんな時に君を見つけた。一見非術師並みの呪力にも関わらず、よく見ると尋常じゃない呪われ方をしている。しかも、そこまで呪われて尚、それをコントロールし普通に生活していた。まさに全人類に呪力コントロールを覚えさせるための理想的なモデルケース。」
「その言い方、だいぶ観察されてたみたいだね。まったく、人をモルモット扱いするのは止めて欲しいな。」
「悪く捉えないでほしい。これは平和な世界の為に必要なことだよ。」
「平和な世界ねぇ…。」
「それで、教えて欲しいんだ。呪力コントロールの秘訣をさ。」

九十九が斑鳩の肩を掴んだ。

「なっ!?」

それまでいた公園のベンチが消え、幽天の下、白い花が咲き誇る雪原が眼前に広がる。生得領域に引きずり込まれたと九十九が理解してその場から飛び退くと、踏んだ花がサラサラと崩れていく。

『花じゃない?この塵、灰?』

粉雪のように舞う花の残骸。冬景色だと思っていたものは全て塵が積もり積もったものだった。何故?その疑問をぶつけるべく少女へと視線を映して、九十九は凍り付く。

汚物、ヘドロのような直感的に汚いと思う夥しい呪いが彼女の周囲を蠢き、巻きつき、しみ込んでいた。『気持ち悪い』それ以外の形容をすることができなかった。

「これで分かってくれたかい?」
「…そんな状態でなぜ普通に生きてる?君は呪霊か何かなのかな?」
「九十九由基、君にはどう見える?私は呪霊か?人間か?」
「あり得ない…、どっちにしろ存在できる筈がない。」
「随分な言い様だが、全くもってその通り。秘訣とまではいかないが、そうだなぁ、素質、諦め、覚悟だろうか。」
「随分と悲観的なんだね…。」
「そりゃ、誰も好き好んでこんな因果引き受けちゃいないからね。」

パッと風景が切り替わる。元居た公園のベンチで九十九は冷汗を拭った。

「はぁ、君も駄目か。」
「残念。そういえば、以前非呪術師を皆殺しにしようって呪詛師に会ったよ?」
「非呪術師の皆殺し、夏油君かな?」
「名前までは聞いていないけれど、髪の長い袈裟を着た男だった。確か呪霊操術を使っていたね。」
「夏油君で確定だな。呪術高専から離反した学生だよ。何か話した?」
「一緒に非呪術師を殺して、呪術師だけの世界を作ろうと誘われたかな。」
「それで?」
「馬鹿馬鹿しいって一蹴してやったよ。九十九さんもそうだけど、呪術師が呪いを生まないなんてよく言うよ。」
「へぇ、君のそれ呪術師がやったんだ。あと君に会ったことあるわりに彼全然方向転換していないけど。」
「覚えていられると困るから記憶を消した。私と会ったことも、話したことも、全部忘れているよ。」
「マジンガ〜。もしかして、私の記憶も消しちゃう?」
「勿論、さぁ、忘れてしまおうか?」

にこりと笑う斑鳩から距離を取ろうとして、何かに拒まれる。恐る恐る何もない空間に手を伸ばす。ペタリ、何かにぶつかった。

「この空間は隔絶・独立しているから、私の許可なしでは外に出られないよ。」
「っ!?」
「さて、オート呪詛返しが発動してしまうから抵抗しないで欲しいな。」
「さっきの呪いレベルだと即死かな?」
「ふふ、九十九さんとは貴重な話ができたからね。気絶程度に制御してあげようじゃないか。」
「君を呪っているのが呪術師なら、何故殺すなりなんなりして解呪しようとしない?」
「簡単なことさ、呪術師には出来るだけ死んでほしくないんだ。」
「?」
「いつか現れるかもしれないだろう?私を超える者が、あの馬鹿を殺せる者が。」
「どういう事かな?」
「はっはっは、知った所で詮無い事だよ。」
「っ!?」

九十九が式を動かすより早く、斑鳩の手が彼女に触れ。

「やれやれ、女1人外に放置しなきゃならん、こっちの身にもなっておくれよ。」

公園のベンチで眠る女を一瞥し女子中学生は帰路に着いた。

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