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「だ〜か〜ら〜!もういいって!こういうの!!」

斑鳩偲喜、渾身の呻き声が寺院に響き渡る。目の前には、今生何度目か分からない呪術師が倒れていた。

「はーっ、落ち着け、落ち着くのだ偲喜よ。ビーカルム、ひっひっふー。」

とりあえず巫女装束を着た女性を木に寄り掛からせ、スマホの時計を確認する。

「よし、まだ自由時間内だね。」

そう、なにを隠そう今は修学旅行中なのだ。中学の修学旅行先と言えば定番の京都・奈良で。都はちょっとヤバいかなぁと懸念していた通り、呪いやら呪術師と鉢合わせる回数はそれはそれは。2泊3日の旅程を、まさかこんな形で終始気を張ることになるなんて誰が予想できただろうか。研修先の寺々でそこの氏神やら呪いやらに遠巻きに観察され、ちょっとやんちゃな奴からちょっかいを出されるから秘密裏に脅して、黒ずくめの衣服が見えたらそ知らぬふりでグループの子と雑談する。

『我、関せず!』

もう何度この言葉を胸中で叫んだことか。しかも話し相手である豆太郎がいないため、愚痴ることもできず。そもそも斑鳩家が仕える神社の氏神であるため、基本的にあの一帯から動けないのだ。いくら忍耐力に自信があるとはいえ、流石に疲れてきたところでこれである。もうため息すら出ない。

「とりあえず記憶を消してと。おい、お前。」
「はっ!拙僧をお呼びでしょうか!?」
「少しボリュームを下げようか。」
「申し訳ございませぬ!!かくなる上は!!」
「分かった、分かった。さて、この女が目覚めるまで周囲の安全を確保してくれ。」
「よろしいので?」
「死なれて私達の旅程を邪魔されると迷惑だからね。」
「はっ!お任せくださいませ!!」
「じゃ、よろしく。」

その辺に居た話の分かりそうな呪霊に彼女のことを頼み、グループの元へと歩みを進める。ん?呪いに任せたら危ないんじゃないかって?ノンノン、下手な人間より色々安全だよ。呪詛師だったら目も当てられないし、何より通報されない!これ大事!まぁ、ある程度意思疎通ができて、こちらの危険度が分かれば、上下関係を敷くことができる。信用も信頼もないが、彼女は4,5分もすれば起きるだろう。私もまだ観光中で居るし、そこまで問題視する程度でもない。もし死んだら、それはこの人の運が悪かったんだろう。そうだ、そうに違いない。

『第一、喧嘩売る相手すら見極められない方が悪いんだよなぁ。』

一瞬冷めた表情が垣間見えて、自分を探す声が聞こえたので慌てて取り繕う。おかげで長くなってしまったトイレの言訳を考えきれなかった。

2016年9月X日 京都某所

庵歌姫は見知った寺院の木陰で目を覚まし、呆ける。

「なんでこんなところで寝てるの?」

もっともな疑問だ。いくら昨日の任務がハードで眠たかったからと言って、木陰で寝るような神経を庵は持っていない。どちらかと言うと、非常に危険な行為だと思う方だ。だからこそこの状況が信じられず、記憶を遡る。

「あれ?私、何してたんだっけ?」

確か今日はこの寺院の様子を見に来て。それで見かけない呪霊が居て。そこまで思い出して、庵は飛びあがる。

『呪霊!クソッ、相手の術式か?!』

周囲に呪霊の気配はない。だが、確かにソレは居た。そして、遭遇した自分は気を失って。たどり着く結論は、何かしら敵の攻撃を受けたと言う物。

『最悪の状況じゃない!』

兎に角京都高に戻ろう。いや、その前に校医と学長に連絡を入れて、指示を仰がなければならない。スマホを操作する指が震える。庵はもう一度クソッと吐き捨てた。

「あぁ無様!なんと愚かしいのか。」

とある寺院に生まれた呪いは、敷地内で震える巫女装束の女を睥睨した。由緒ある寺院らしく、多くの人間の願い、恨み、妬み、僻みが集まった末に生まれ落ちたソレは、それなりに長い時を過ごし人間を観察し呪ってきた。面白いから、悲しいから、そうあれと言われたから。ソレにそんな感情はない。ただ己を生み出した人間を観察する。そして飽きれば殺す。そんな『呪い』から見ても、眼前の女の愚かさは見るに堪えない物で。あの方のお言葉が無ければ、直ぐにでも殺してしまいたいほどである。

「そも、あのお方に手を出そうとすることが間違い。何故、斯様な事実が分からぬのやら。」

ソレが『かの方』と称するのは、奥の院あたりを観光している少女のこと。彼女を一目見た瞬間、次元が違うと即座に理解した。人間の姿をした、いや人間の皮を被ったナニカ。ナニカとは、呪いの様であり別の何かであるからして、ソレが一概に断言できるようなものではない。それほど凄まじいまでの力をその内に見たのだ。だからソレがかの方に接触した瞬間、実力差さすら分からずにしかけて来た女呪術師を馬鹿にするのは当然の帰結で。何が起こったのか恐らく理解できていない様子が、愚かしく嗤いが止まらない。

「あぁ、斯様なお方がいらっしゃるとは、この世も捨てた物ではないようだ。」

かの方は本当に人間なのか?人間であるのならば、あれだけの『呪い』を内に秘め、何故堕ちずにいられるのか?非常に興味深い、知りたい。ソレは己の胸中に浮かぶ情に気が付かない。1つ言えることは、もはや哀れな女呪術師のことなど微塵も見えていないという事だけ。


2016年9月X日 京都□□寺院

□□寺院の調査を行っていた準1級呪術師、庵歌姫が未確認の呪霊と遭遇。本人の話によると、交戦しようとした瞬間気を失い、その後同院内の木陰で目を覚ましたとのこと。呪霊からの術式攻撃を受けた可能性が有り、同呪術師は校医の元で治療を受ける。推定特級呪霊とし、東京所属の特級呪術師、五条悟を招聘。彼の六眼により、庵歌姫には微かに呪力を行使された残穢を確認。効果は完了しており、継続している様子はないという事だが、安全を考慮し庵歌姫は1週間隔離する。

なお、術式の持ち主である推定特級呪霊は五条悟により祓われた。

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