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いつもの朝。朝飯を作り、爺ちゃんに小言を言われながら一緒に食べて、小学校に登校する。歩き慣れた通学路。いつもの鳥居で彼女を待っている。綺麗に掃除された神社の参道の奥から、行ってきますの声が聞こえて、黒髪の少女が駆けてきた。

斑鳩偲喜ちゃん。

俺の初めての友達で、世間一般で言うところ幼馴染の女の子。あんまり覚えてないけど、公園デビューした日、俺たちは早々に仲良くなったらしい。時間があれば公園や、この神社で一緒に遊んで、爺ちゃんがインフルとかノロとかかかった時は避難先として家にもお邪魔している。家族ぐるみと言っても過言じゃない付き合いの彼女は、一言でいえば不思議だ。いや、不思議ちゃんって意味じゃない。存在が不思議?謎が多い?なんて言っていいか分かんねぇけど、兎に角不思議なんだ。

「どうした悠君?お腹痛いのかい?」
「え、いや普通。」
「卒業式の間はトイレ行けないよ?」
「いや、腹痛じゃないよ俺。」

お腹痛いときの顔でしょ?とこちらを覗き込んでくる偲喜ちゃんの瞳は、今日もカラコンのせいで黒い。出会った時のことはうっすらとしか覚えてないけど、あの頃の彼女の姿だけは鮮明に覚えている。

『わぁ、天使みたい…。』

緑がかった金髪と紫の瞳が日の光でキラキラと輝く。白いワンピースに麦わら帽子を被っていた時は、同じ人間かと目を擦ったほど。だが、それはある日突然黒に塗りつぶされた。その人工的な黒髪を見た時ショックと怒りで、泣きながら偲喜ちゃんに当たって。

「グズッ、しきちゃんは、ひっく、僕が守る!」
「いや、私が悠君を守るよ。」
「しきちゃん…」
「あ、もしかして口に出していたかい…?」
「しきちゃんの、ばかぁああああ!!!」

何故か彼女を守らねばと思った。そのままそれを口にして、即と本人から逆に守るよと返ってきて、喧嘩になったんだけどね。

「しきちゃん、その目。」
「うん、今日からカラコン入れてるんだ。どうだい、黒も似合うだろう?」

そして小学生になってから、紫の瞳も人工的な黒色になった。一度寝坊した偲喜ちゃんが、カラコンを忘れて学校に行ったら、担任の先生が酷く慌てて彼女を職員室に連れて行ったことがある。クラスの皆は、綺麗だね。カラコン?なんて、口々に騒いだけど、元があの紫色だと俺は皆に言わなかった。暫くして、いつもの黒いカラコンを入れた偲喜ちゃんが先生と戻ってきて、お洒落してみたくってと困ったように笑っていた。

『あんな綺麗なのに、勿体ねぇよな。』

そんな考えの甘さを理解したのは高学年に入ってから。他人よりちょっと力の強い俺も、目立つ部類の例外ではなくて。体育の授業で本気を出せば、友達が怪我をすることがあった。部活動やクラブから勧誘がたくさん来て、担任の先生からは授業では少し加減してくれと言われた。何より、腕に覚えのあった先輩らに目を付けられて、喧嘩を売られることが増えた。

『出る杭は打たれる。』

ボコボコにした先輩が、殴りかかって来る時に叫んだ言葉。成る程、偲喜ちゃんはあの頃からこういった感情をぶつけられてたのかと初めて理解できた。

「やぁ、悠君!」
「は?偲喜ちゃん!?」

一度だけ中学生が偲喜ちゃんを巻き込んだことがある。多分弱点というか、人質にしたかったんだろうね。ぱっとみザ大和撫子だから。

「これ、どういう状況か分かってんよなぁ、ゆ〜く〜ん。」
「お前等、卑怯だな!偲喜ちゃんを離せよ!!」
「そう言われて離す奴がいるかぁ?」
「そうだぞ悠君!鉄板ネタだ!」
「いや、お前はもう少し危機感もてや。」
「危機感?はっはっは、悠君のお友達は面白いなぁ。」
「あ゛ぁ?」
「あーもう!偲喜ちゃんは、ちょっと黙ってて!!」

手を掴まれた彼女は呑気に笑っていて、下種な笑顔に変わった中学生が『虎杖が終わったら、たっぷり俺らの相手させてやるよ。』と言った瞬間、その男が地面に転がっていたのにはビビった。何が起きたのか固まる中学生と俺を他所に、偲喜ちゃんが『遠慮しなくていいよ。今から相手をしてあげようじゃないか。』とトドメの腹パンでそいつを気絶させた後はお察しの通り。我に返った俺と笑顔の彼女によって、中学生はボコボコに。終わった後にごめんと謝ると、ぱちくりと目を瞬かせた彼女が一言。

「君を守ると言ったからね。」

彼女に黒色が混ざったあの日の言葉。あの時は喧嘩に発展したけど、この時は動いた後だからか息苦しくて、遮るように喧嘩強いねと口にしたっけ。

「ん?」
「どったの偲喜ちゃん?」
「あ、いや。手紙かな。」
「うわ、卒業式にラブレター?モテモテじゃん。」
「はっはっは、待ちなさい悠仁氏。」
「む、どうなされた偲喜氏。」
「これはまだ恋文と決まったわけじゃない。」
「恋文て…。」
「チッチッチ。恋文、もといラブレターと見せかけた果たし状とみたり!」
「いや、おもっきしハートのシール貼ってあんじゃん。」
「くぅ!!果たし状であれ!南無三!!」
「いやいやいや。」

何処の世の中にラブレターを果たし状であってくれなんて願う女子がいるのだろう?いや、ここに居たわ。卒業式という事もあって、勇気を出してこの手紙を入れた誰かよ。ドンマイ。偲喜ちゃん、めっちゃラブレター説否定してんよ。

「何々?卒業式終了後に体育館裏に来てくださいって、どう考えても告白じゃんか。」
「体育館裏とはこれまたベタな…タイマン、いや、集団リンチかっ!?」
「いや偲喜ちゃん、どう見ても違うだろ。便せんもハートだぜ?」
「うああああ、止めてくれ〜。」

悲痛な声を上げて下足場で崩れ落ちる偲喜ちゃん。視界の端に泣いている男子を見て、卒業式始まってねえのに泣くの早いななんて考えながら、意気消沈した彼女と教室へ。人間関係が広がった小学校生活が今日で終わる。

「っは〜、長かった!」
「いや井坂、途中寝てたじゃん。」
「バッカ、虎杖。あれは寝てたんじゃねえ。瞑想をだな。」
「隣のクラスの奴号泣してんのに、よく寝れたな。」
「ドキドキしすぎて寝不足だったからなっ、て!?」
「やっぱ寝てたんじゃん。」
「おま、誘導尋問すんなよな〜。ってか、斑鳩さんは?」
「偲喜ちゃん?何で?」
「何でって、お前ら仲良いじゃん。一緒に写真撮りてーんだよ。な、斑鳩さんに頼んでくんね?」
「別にいいけど。呼び出し受けてっから、もう少しかかると思うよ。」
「は!?いいのかよ虎杖!!?」
「いや、だから何が?」
「何って、お前。それ告白だろ?斑鳩さんがオッケーしたら、そいつと付き合うんだぜ?」

信じられんという表情の井坂に『当たり前んじゃん』そう口から声が出ることはなかった。いつの間にか、俺もあの手紙を果たし状だと思ってたのか?馬鹿か。ハートのシールに、便せん、どっからどう見てもラブレターだった。偲喜ちゃんは、その手紙に書かれていた通り待ち合わせ場所にいて、告白を受けている。じゃあ、彼女がそれを受け入れたら?嫌だと反射的に心が叫ぶ。井坂があ、斑鳩さんと声を漏らして、ジクリと胸が痛んだ。

「お呼びかな?って悠君?」
「偲喜ちゃん…。」
「大丈夫?やっぱりお腹痛いのかい?」
「平気。それよりさ…告白は?」
「あ〜。」

歯切れの悪い偲喜ちゃんに、ゴクリと俺と井坂の息を飲む音が重なる。

「断ったら、泣かれたよ。」

参ったもんだ。そう苦笑する姿に、勇気を出して告った男の子には悪いけど、ホッとした。井坂に肩を叩かれて、弄られるまで後2秒。


世界が広がった小学6年の最後の日。初めての友達で幼馴染の女の子を、何故守りたいと思ったのか。何故彼女の瞳の色をクラスメイトに教えなかったのか。虎杖悠仁は、その理由に気が付いた。

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