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「ゆうくん?」
「わ!?しきちゃん!!」

筋トレ後のストレッチをしていると、今流行りのキャラソンを歌う声が聞こえてきて、辺りを見回す。すると、見慣れた明るい髪が参道越しに移動しているのに気が付く。何の考えもなしに問いかければ、驚きに目を丸くした悠君と視線が交わった。

「どうした?そんなにおどろいて。」
「おどろかしたのだーれ!?もー、びっくりしたじゃん!」
「ごめん、ごめん。で?なにしてるのかな?」
「おつかい!」
「おつかい?」
「はじめてのおつかいってやつ?きのうテレビでやってたじゃん。あれ!」
「まぁ、もう5さいだからねぇ。よし。では、いこうか!」
「だめ!」
「え?」
「おれひとりでいくの!」
「えぇー。」
「もー、しきちゃんまで!ひとりで、だいじょうぶだもん!!」
「ちょ、ゆうくん!」

幼児特有のふくふくとした頬を膨らませ、駆け出していく悠君。『私も』という事は、ここに来るまでに他の誰かにも同じことを言われたのだろう。幼いと言えど男子。下手な心配にプライドが傷ついてしまったと言うところか。

「おのこごころも、さもありなんってか。」
「女子ほどではないがな。」
「そうさね。だが、しんぱいなんだよねぇ。」
「両親の事か。」
「まぁね。」

私は悠君の両親を知らない。公園デビューした時には既にその影はなかった。聞けば、爺様と暮らしているらしい。これが結構な人で、割と周囲の人間が悠君をフォローしている状態とのこと。今回の行動も、テレビで見た「ひとりでおつかい」を実践することで、自分は心配ないよと周囲に伝えたいのだろう。

「いつのよも、のこされたものはつらいもんだな。」

生前から死後を経て今に至るまで、多くの離別を見てきて。残される者が、いかに苦しい思いを抱えて生きていくのかを様々と思い知らされ。それは千差万別とはいえ、真っ直ぐに立つあの子に、影が差すのを容認できないほどには情が沸いていた。そもそも己に、誰か1人へと情を傾ける資格などないと理解していてもだ。しかし、それでいいと、それこそが『人』の気持ちだと、記憶の中の家族が笑う。そうだといいなぁと苦笑すると、空気を読めない豆太郎が『キモイぞ』とドン引きしやがったので、一発殴った。

「ゆうくん、おうだんほどうに、さしかかりました。どうぞ。」
「おお、ちゃんと左右確認しておるぞ。」
「おい、ちゃんとやってくれ。」
「何をだ。」
「なにって、ごっこあそびだよ。たのしくないだろう?」
「ほれ、渡るぞ。」
「あぁ!バカ、おいていかれてるじゃないか!」

ひそひそ、こそこそと物陰に隠れ喋る私。道行く人はギョッとしているが、にっこりと笑って悠君を指させば納得顔になってサムズアップしてくれる。変質者と突き出されることもない。何て優しい市民なんだ…。

「いや、我と話しておる時点で怪しいわ。」
「こころのなかで、ひとりふたやくしてるのさ。」
「誰への言訳じゃ。」
「よのなかへかな。」

少し先には軽やかな足取りの悠君。そしてそれを追いかける私と豆太郎。絶賛、尾行中だぞ!!

「お、蝿頭じゃ。」
「チェスト!」
「おい!?呪術師に関わらないんじゃなかったのか!?」
「ふっ、ゆうくんには、おてんとうさまがにあうんだ。」
「…過保護じゃのう。」
「じっさい、のろいなんぞに、かかわるもんじゃないさ。」
「あ、また。」
「チェストォォ!」
「しかし、蝿頭が多いな。む?」

路地の間に袈裟の袖が舞う。

「パターンあお。しとです。」


2007年12月X日

〇〇村の住民を殺戮し、高専から離反した夏油は何か面白いことはないかと、教祖活動の合間を見ては街を散策していた。

「この辺は、随分と綺麗だな。」

今日は宮城県での講演後、ふらりふらりと街中を彷徨う。ポツリと呟いた感想は、街並み、景観、そういう事ではない。呪いが少ないのだ。呪いは人の心から発生し、人を襲う。街中であっても、ビルや建物の木陰に居たり、人に憑りついていたりと、ここまでいないことはまれだ。

『何か原因でもあるのかな?』

考えられることはざっと2つ。この辺りを根城にする呪術師がいる。もしくは、より強力な呪霊がいて近づけない。前者に心当たりはないが、どちらにしろ夏油には好都合だった。世界を変える仲間を、家族を見つける。ないしは手駒を増やす。脳内で算段していると、建物の影にそれらを見つけた。

夏油が連れて居る幼女と大差ない年ごろの女児と、一見小さな犬だが明らかに格の有る呪霊。彼は自分の口角が悪戯に上がるのが分かった。

「面白い。」

後を付けて観察してみると、なんとその子たちも別の少年の後をつけているではないか。その歳でストーカーかと些か残念に思ったが、通り過ぎる人たちがサムズアップしている様子を見て、どうやら違うと認識を改める。ならば、少年を使って幼女と呪霊、両方を配下に置く。目的を定め、手始めにと蝿頭を少年にけしかけた。

「は?」

夏油は目を見開く。蝿頭が祓われた。蝿頭自体は4級にも満たない、雑魚中の雑魚だ。普通の呪術師、ないしはあの犬呪霊ならば祓えて当然だ。しかし、あろうことか、それをやったのはあの女児。蝿頭を認めた瞬間、足元の石に呪力を込めて投げた。そしてそれが当たった蝿頭が爆散したのだ。まさかと、もう一体蝿頭を放っても結果は同じ。目を見開くのも当然だと言えよう。

「はは、思わぬ収穫じゃないか。」

ぶるりと体が震える。恐怖などではない。まさに思わぬ収穫。強い呪霊だけでなく、呪力を持つ、まだ善悪の観念の薄い幼少期の女児との遭遇。教育次第では大きな戦力になる。期待に震える体を、路地の風が打つ。

「パターンあお。しとです。」

抑揚の欠落した声で、有名なアニメの台詞が聞こえた。咄嗟に声の方を振り返って絶句。いつの間にか、拳を振り上げた幼女が迫って来ていた。

「チッ。」
「はっ、避けられたの。」
「女の子が舌打ちするもんじゃないよ。」
「もくてきは?」
「君たち、名前は?」
「知りたいなら、教えもごっ!?」
「ようけんは?」
「む〜!もご!!」
「おやおや。じゃあ、エ/バ好きなのかい?僕は三里さん派かな。」
「ざんねん、しょごうきはだよ。」

残念なものを見るような幼女が、や/し/ろ/作/戦いっきまーすと間延びした声で宣言した。途端、空気が変わる。視界の端で、狛犬がため息をついた。

「がはっ!?ぐぅう!!」

それは2度目の完敗だった。

『手も足も出なかっただと!?こんな小娘相手に!』

ギリと睨んだ先には、めんどくさそうな表情の女児の姿。彼女には傷一つなく、対する自分は何が起きたかもわからず地面に転がっている。あの日、天与呪縛の男と対峙した時のような、いやそれ以上の差がそこにはあった。まるで、全てを操られているような。

「それで、ようけんは?」
「ゴホッ、私と一緒に来ないか?」
「は?」
「猿どもを、非術師を殺し、呪術師だけの世界を作る。」
「…。」
「呪いのない世界を…。ともに、世界を作り変えよう。」

狛犬の表情は読めないが、幼女は怪訝そうな顔をきょとんとさせていた。これほどの力を持っておきながら無垢。都合がいい。負けてなお、言葉で言いくるめようとした時、凛とした声が思考を遮る。

「それに、なんのいみがある?」
「なに?」
「のろいのないせかい。にんげんがいるかぎり、そんなものきやしない。」
「な、呪術師はっ!」
「のろいをうまない?よくいう。」
「なにを、」

うすら寒ささえ覚える声だった。幼女とは到底思えないそれに、威圧され、喉が渇く。

『呪術師は呪力を扱うため、呪いを発生させにくい。それは100%ではないが、非術師とは比べ物にならない。だと言うのに、この子は何を言っている?まるで、呪術師が呪いを生んでいる様じゃないか。その顔はまるで…。』

そこで夏油の意識は途切れた。

16:00過ぎ

裏路地で倒れているところを、探しに来た家族に発見された夏油は、ここの所の講演会で疲れているのだと休養を余儀なくされた。帰り際、猿の子どもが2人、笑いあっているのを見て吐き気を覚える。だが、女児の方が男児を慰めているのを見て、ふと恨み言が聞こえたような気がした。

――わたしは、こんなにのろわれているというのに。

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