幸せの報告
ガヤガヤと騒がしい飲み屋の一室。久々の帰国に際し開催された同窓会には、多くの同級生が参加している。幹事の話では、今までで一番の参加率らしい。何でも、俺が参加すると噂が流れた途端、欠席者達から参加の連絡が絶え間なかったそうだ。
いい加減参加しろと言われ、嫌々出たこの会。どうせ宇宙飛行士、初めて月面に立った日本人として揉みくちゃにされるのだろう。13時間の飛行機の中で、その覚悟をしてきた。しかし、それに恩師たちは気が付いていようだ。そう言ったことをしないように先手を打ってくれていたようで、想像よりも穏やかに居ることができた。
しかしこの配慮は、俺を対応の煩わしさから解放すると同時に、ある杞憂からの退路を完全に断ってしまった。
「久しぶり日々人君。」
野球部の連中が連れてきたのは、部のマネージャーをやっていたなまえ。部活で世話になった人物であり、当時付き合っていた女の子でもある。
「すんげー久しぶりだな!」
「殆ど日々人君日本に居ないんだもん、当たり前だよ。」
からりと笑うなまえ。でもそれはあの頃の物とは違う色を有している。高校時代、俺達は周囲の羨むおしどりカップルだった。宇宙に関するマニアックな話を興味深そうに聴いてくれるなまえに、生涯を誓い合うのはこの人だけだと若いながらに信じ込んだ。だが彼女との関係は、高校卒業時に自らの手で幕を閉じた。
恐怖に勝てなかったんだ。なまえに無理を強いる恐怖。構えない日々に飽きられる恐怖。何より、誰よりも愛する彼女を一人置いて逝くかも知れない恐怖に。
「ムっちゃんも元気?」
「めちゃくちゃ元気だよ。しかも今、月に行く訓練中!」
「凄い!じゃぁ、今度は兄弟で月に立てるんだね!!」
友人として俺達のことを喜ぶ彼女が隣にいる。なまえの心は、もう俺の物ではないと突き付けられた。
『なぁ、今俺きちんと笑えている?』
なまえと別れたことに後悔はない。宇宙飛行士になることは俺の『夢』だったし、本当に大切だったからこそ一緒に居ちゃいけないと思ったから。ただ体と心は伴ってくれなくて、今この瞬間にも爆発して掻き抱きそうになる。月面で瀕死になった時も、脳裏に過ったのは彼女の姿だった。
重い、この想いを知られるわけにはいかない。彼女の幸せを願わなきゃならないんだ。だから最初の予定では、揉みくちゃにされ疲れたからと早々に帰る予定だった。まぁ、その計画は悉くぶち壊されたんだけどね。
「それでムっちゃんとアポがさぁ―」
「ふふふ、アポちゃん賢いんだね。」
「だろ?ってか、俺の話ばっかじゃん。なまえ方は?もういい年なんだし結婚とかあるんじゃないの?」
「それがねー、」
彼女は苦笑しながら、好いご縁がないのとぼやく。できれば俺の我慢が利くうちに、その口から『結婚』の一言が聴きたい。だって、別れたあの日からなまえと好きな人の幸せをずっと願って来たんだから。
幸せの報告
(相手は俺の知らない誰か)
inspired by ハナミズキ