君は遠く、戻らない
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男主です。
幼少期ねつ造してます!!
苦手な方はリターンでよろしくお願いいたします。













スクールが終わり帰ってきたマイホーム。学生らしいといえばらしいが、クローゼットと勉強机を兼ねたローテーブル、ベットとテレビ、カーテンは無地のグリーンと何とも味気ない1Kの部屋が俺に残された唯一の休息の地。

簡単にシャワー、食事を済ませ、今日もクローゼットから古い菓子の箱を取り出した。白地にブルーの花が描かれた箱は、全体的に色あせた感じがあり、ところどころ凹んでいて蓋を開けるのも一苦労するが、幼少期から他の箱に変えることなく大事なものを入れてきた宝箱だ。

ゆっくりといつもの要領で開けた箱の中には、多くの紙が敷き詰まっている。すべて白の用紙だが、比較的新しそうなものから箱と同じように黄ばんでいるものまで。一番上にある紙を取り二つ折りにされたそれを広げると、それはB5くらいの大きさで内側は罫線が引いてあり文字が綴られている、所謂手紙には挨拶もDearの文字もない、ただ宛名にはロシアではだれもが知っているスケート選手の名前が書かれている。

『ヴィクトル ニキフォロフ様』

スケート界のロシアの皇帝。リビングレジェンド。彼の呼び名はいくつも存在する。そんなロシアの、世界のトップスターに宛てた手紙と言えば、ファンレターと相場は決まっているがこれは違う。学校のこと、帰りの道で彼の飼っているマッカチンに似たスタンダードプードルを見かけたなど、ただ日常のことが綴られていて、必ず途中で誤字であったり、塗りつぶされていたりと筆がそこで止まっている。

「溜まっちまった。ヴィクトル・・・」

手紙たちに埋もれた古い写真を箱の底から引っ張り出し、ため息を一つ。その写真の中には大きな協会の前に立つ二人の子供の姿があった。一人は銀髪の綺麗な笑顔の男の子で、もう一人は茶髪で少し緊張した笑顔の男の子、ヴィクトルと私だ。私たち二人は大人の醜い都合で家族とは暮らせずに、町の小さな教会で育った。血もつながっていない、容姿も全く違うけれど、家族だったのだ。

他にも数人の子供たちが住んでいたが、ヴィクトルと俺はいつも一緒にいた。ご飯を食べる時、遊具で遊ぶ時、本を読む時、礼拝堂でお祈りする時、あまりにも一緒過ぎてシスターたちからは本物の兄弟のようだと言われていたのを覚えている。

ヴィクトルの柔らかな笑顔を向けてもらえるのが好きだった。親にも向けてもらったことがなかった笑顔は幼い俺の心の支えで、その笑顔が俺のそばにあることが一番うれしかった。ヴィクトルは幼いのに世渡り上手と言ったらいいだろうか、なんでもそつなくこなしてシスターたちから感謝されるのが好きだった。感謝されることは、自分の行いが認められるとイコールで、彼は特に他人から認められることを望んだ。

認められる。愛される。

求めたものはごく普通の幸せと言われるものなのに、自分たちには程遠いもの。必死だった俺たちが二人でいるようになることはごく自然なことに思えた。傷を負った小さな獣同士がお互いを守るように、慰めあう日々。

だがそんな日々に突然終止符が打たれた。ヴィクトルが引き取られる。慈善事業とやらの一環で教会を訪れた金持ちの目に留まったと、小さなコミュニティの中で噂はあっという間に広まり、本人の口からきく前に俺の耳にも届いた。

「なまえ、俺。」

「聞いたよ、いい人そうだったじゃん。」

「うん。ただ・・・」

「ただ?」

「なまえと離れちゃう。」

「そうだな。」

泣き出しそうなブルーがこちらをじっと見つめていた。潤んだ瞳には情けない顔の俺が写り込んで、お互いにひどい顔だと思ったことをささやく前に重なった唇。そして自然な流れで、俺は揺らめく瞳を見ながら彼のベットに倒れこんだ。翌朝、気だるげな身体で起きたベットはひどく冷たくて、隣人はすでにいなかった。ヴィクトルはその日の夕方に教会を後にした。

大好きだったヴィクトルの笑顔を失った俺は、シスターたちや他の子供らにまで心配されるレベルで呆然とした日々を過ごしだした。荒れる、というよりは抜け殻になった俺を救ったのは、ヴィクトル本人だった。手紙が来たのだ。花のあしらわれた美しいレターセットにしたためられた彼の日常。シスターにお願いしてもらったレターセットに俺は教会の日常を綴って返事をした。ヴィクトルがいたころと変わり映えのない日々でしかないが、それでも協会が懐かしく恋しいと締めくくられた手紙は頻繁に届いた。ヴィクトルと離れている気分はいつの間にかなくなっていた。


『ペットの犬がいたんだ。』

『おいしいピロシキの店を見つけたんだ。』

『飼い犬亡くなっちゃったんだ。』

『スケートを初めた!すごく楽しいんだ!!』

半年もたたないうちに、様々な出来事が綴られた手紙は溜まっていき、見かねたシスターの一人が白地に青い花があしらわれた箱、そう今の宝箱をくれた。

スケートを始めた報告があってから、手紙の中身はスケートが大半を占め始めるようになった。習得したスピン、ジャンプの名前、出場する大会の名前など俺には難しいことばかりだったが、神父さんが読んでいた新聞に小さな記事が載って教会のみんなが喜んだから彼が活躍している事実だけは理解できた。

新聞記事がたくさん出るようになって、彼の名前が周囲の人間から出るようになっていくにつれて、彼からの手紙は減った。忙しいんだな、単にそう思って、こちらから手紙を書こうとしたときに、ふと気が付いた、俺から手紙を書くのは初めてだった。初めての手紙を書きだしたはいいが、出だしから何を書いていいかわからず一文字書いては破り捨てるを繰り返し繰り返し、ごみ箱にあふれかえったのを見たシスターにこっぴどく叱られた。その後も俺は手紙を書ききることはできず、だがごみ箱にすら捨てられなくなった書き損じたちの行く先はなくて、ヴィクトルからの手紙を入れた箱にしまうようになった。彼からくる手紙への返事すら書けなくなり、いつの間にか箱はいっぱいに。そして、ヴィクトルからの手紙は年に1通だけになった。

『優勝したんだってな、おめでとう』

『マッカチンは元気か?』

『無茶してないか?』

教会を出る年齢になって、何とかスクールに通いだした俺は一人暮らしを始めた。テレビで見る彼は生き生きとしていて、あの頃の彼の面影はあったが、俺の好きな笑顔を見ることはかなわなかった。スクールでは、女子だけでなく男子からも彼の名前が発せられる。この時初めて、彼の知名度を知った。もはや認められたかったヴィクトルはどこにも存在しないとわかって、余計に手紙を書ききれなくなった。

今日もローテーブルに広げた便せんに向かい合う時間だけが過ぎ居ている。ふと時計を見ると日付をとっくにまたいでしまっていた。手元の宛名だけ書かれた手紙は、それ以降に続く言葉も出てこずに二つに折ってしまう。

「どこに居るんだろうな。」

ぽつりとこぼれた言葉は部屋にとどまって、相変わらず書ききることのない手紙を箱の中にしまった。



君は遠く、戻らない


(ヴィクトル日本に行ったんですって!)

(Yuri Katsukiって誰だよ!?)

(『もう、同じ国にすらいないんだな。』)
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