平行線だった
「あれ、今日なまえさんお休みなんですか?」


「そうなのよ、今朝、若先生の所に連絡があったらしくて。」


お嬢ちゃんと染谷さんが話しているなまえからの連絡は確かにあった。ローテーブルの上に載せられた、置き手紙には『休みます。ごめんなさい。』の1文。


「ちょっと疲れが溜まったんじゃない?」


「原因はお前だろう。」


親父の突然の登場に驚く周囲。安静にとか心配されてんだから、全く。


「病人はおとなしく、病室に戻りましょうねー。」


「反論しないということは、心当たりがある証拠だな。」


「反論とか何とかじゃなくて、俺は寝てろって言ってるの。」


「はぁ、お前がそんなんだから・・・」


「はぁ?」


「私は知らんぞ。ほれ、なまえ君からだ。」


そう言って渡されたのは白い封筒で、


「なっ!?」


そこには「辞表」の文字があった。


「辞表って!!」


固まる俺を余所に、お嬢ちゃんはなまえに電話をかけていて、染谷さんは俺から辞表をひったくって中を確認し始める。


「なまえさん!さちです。辞表って何ですか!?」


繋がったのか、お嬢ちゃんの大きな声が院内に響いた。なにやってんの、集まり始めていた患者が吃驚してるでしょ。


「よろしくって、待って、なまえさん!」


「さちちゃん、なまえちゃんは?」


「それが、松本先生をよろしくって、それで切れちゃって・・・」


お嬢ちゃんと染谷さんが此方を見つめる。


「そんな目で見ないでよ。もう、しょうがないでしょ?」


そう言った瞬間、ぱぁんという音に続いて頬に鈍い痛みが走った。


「連れ戻して下さい。」


「ビンタされるとはねぇ。」


「はぐらかさないでください!先生、なまえさんのこと好きなんでしょ!!」


「仕事と関係ないよね?」


「でもっ、」


「それに、今更何を伝えるって言うの。オジサンの歳じゃ感情だけで突き進めない。」


「な、なんですかそれ・・・。じゃあ、なまえさんの想いはどうなるんですか?」


「それは、」


なまえの気持ち。そんなもん、俺にだって分かってる。ただの医者と看護師だった頃、俺に憧れていたなまえがどうしても連れて行ってくれと頼み込んできたときから。憧れが、思慕に変わった頃、俺にとってなまえは彼女を失くした慰めだった。


「なまえさんだけじゃないです!先生の事好きになった女子の気持ちはどうなるんですか!?」


「お嬢ちゃん。」


「だって、あんまりじゃないですか。2人の中には入れないって、諦めたのにっ。」


泣きだしてしまったお嬢ちゃん。どんどん悪者になっていく俺。まぁ、悪者だしな。なまえのことも。気付いたら居なくてはならない存在になってたって・・・


「若先生、追いかけなさい!」

「若先生はふがいないねぇ。」

「ほら、私ら待っててあげるから。」


「いやいや、ほんとに今更何を―」


「お気持ちを伝えるだけで良いんじゃないですか?」


「染谷さん、」


いつも頼りになる看護師長が、恐ろしいほどの笑顔で俺が出来ないと言っていることを言ってきた。それができれば、こんなに苦労してないよ。他に・・・


「それだけですよ、こんなに拗らせちゃったんですから。」


「全く・・・」



― 直ぐ戻りますよ、あいつ連れて。




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