流れた涙を
さちちゃんが搬送されてきた。


蒼白な顔をした若先生を染谷さんに任せて、軽くさちさんの処置をする。お友達の話によると、大学で突然倒れてしまったらしい。周囲の状況を聞いたら、今日は学会があっていたらしく、スーツの妙齢男性と絶え間なくすれ違っていたのだと。


「やっかいですね。」


何に向けたのか分からない私の独り言は、宙に消えた。




「気をつけなきゃだめでしょーが。」


「す、すみません。まさか倒れると思ってなくって・・・」


いつもより少し厳しめの若先生の声に塞ぐさちさん。はぁ、この人は何をやってるんですか・・・


「さちさん、先生は貴方を心配してくださってるだけですよ。」


「へっ?」


「ちょ!?」


若先生の焦る表情は珍しい。ここ最近は本当に表情豊かでいらっしゃる。


「さっきも、貴方に負けないくらい真っ青だったんですよ。」


2人の真っ赤な顔を見て、笑ってしまう。もうちょっと、もうちょっとで若先生はさちさんを想っていることを認めてくれる筈。


そう思っていたのに、どうして上手くいかないんだろうか。


「っ、わか、せんせっ」


終業後引きずり込まれた執務室。入るなりドアに押し付けられてキスをされて居るのはなぜ?


「・・・」


後ろはドア、前は若先生に挟まれている。左右には先生の腕があって逃げ道もない。例のごとく哀しい目が私を映していた。


「いなくならないで、」


先生が発した言葉は、どう考えても私ではなくあの子に向けられたもので。今日からはあの子の代わりとして抱かれるのだと悟ってしまったのだ。





流れた涙を拭ってくれる人はいない



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